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プーチンの過去がロシアの未来を予測させる、大統領選挙後に何を期待すべきか? By Gregory Feifer

日本の安倍体制と米国のトランプ体制はいざ知らず、中国の習近平体制、北朝鮮の金正恩体制、そしてロシアのプーチン体制は、今後しばらくはしぶとく続いていきそうな感じになってきましたね。
通算4期目に入るプーチン体制について、2018年3月16日付電子版フォーリン・アフェアーズ・リポート(https://www.foreignaffairs.com/)にGregory Feiferの「プーチンの過去がロシアの未来を予測させる、大統領選後に何を期待すべきか?」が掲載されていました。かなり辛辣な論調ですが、これが西側ロシア・ウォッチャーたちの一般的なプーチン評だと思います。

「ロシアの最新の政治的動向をウオッチしている者にとって、20年前にこの国の消費者の食の好みが突然変化したことは、意外にも意味深きことである。1990年代に入って、かつては貧弱であったロシアの食料品店の棚に芽吹き始めた食品に交じって新商標のバターが登場した。<ドヤールシカ>すなわち<Little Dairy maid>と名付けられたこのバターは、伝統的なロシアのレシピに従って製造されたものであると言われていたが、実際にはまったくロシア製ではなく、遥かニュージーランドから輸入したものであった。<ドヤールシカ>はまったくとっぴではないにしても、直観としてこの商標付けはおかしいと国民に思わせてしまった。つまるところ、ソ連崩壊がその数年前に歯止めを解いてから、ロシア国民は外国製品を買い求めて殺到していたからであった。
しかし、市場調査員たちは新しい傾向に遭遇した。彼らの中心グループは、ロシアの消費者たちは輸入物よりも国産物の方が優れていて、味もよく、自然成分も多く含んでいると信じていることを明らかにしていった。そのうちに、この傾向は朝食のテーブルに何を載せるかという選択よりも深いものであることがはっきりしてきた。生活様式をがらりと変えた西欧化がロシア国民の確信と共に貯えをぬぐい去り、彼らのほぼすべての生活面を揺さぶった年月が過ぎて、彼らは今ますます内向きに、自分たち自身の過去に目を向け始めたのである。
当時モスクワ市長だったユーリー・ルシコフは、高まる伝統への愛着を喧伝した有力政治家の先駆けだった。彼は休日には、モスクワの創設者と信じられているユーリー・ドルゴルーキーのコスチュームでドレスアップするようになった。しかし、ルシコフは、自身の人気を高める努力をするなかで、歴史的時代を区別しなかった。何であれ共産主義を連想させる事物を讃えることはまだ広くタブーだった時代に、モスクワ中心部のビルディングにソ連時代の軍人メダルを描いた旗が掲げられた。まもなく他の政治家たちも、ツアーリの歴史とソビエトの歴史という不調和なシンボルの混成曲から新たなアイデンティティを作り上げる努力に加わった。
それは、改革がうまく進んでいくということよりも、結局ロシアは右翼権威主義の陣先に位置を取るだろうことを早くに示すものであった。モスクワの有害でグローバルな影響力は今や急速に増しており、いかにしてその道が始まったかという情況を再訪することは、リベラルな国際的秩序に対するクレムリンの脅威の本質を明らかにする一助となってくれるだろう。ロシア大統領ウラジーミル・プーチンは、3月18日の大統領選挙で間違いなく再選され、今後6年間その任期を担う。そして、来たるべきその任期中にどういう風に行動していくかは、彼がいかにして権力の座に着いたかと大いに関係してしてくるだろう。
1990年代、当時ロシア大統領だったボリス・エリツイン時代の絶頂期に遡ってみれば、国の新市場経済はおそらく曲がり角を曲がり、社会的安定とロシアが民主主義の国際コミュニティに統合されることへの期待が高まっているというサインは、それでもまだ育っていた。1998年に経済危機が襲って、改革時代を突然に終息させた。政治危機が草の根的な西欧拒否を誘発した。具体的には1999年春にNATOがセルビアを爆撃したことへの反発がモスクワの市街で炸裂し、在ロ米大使館前で抗議する荒くれた群衆は大使館の分厚い黄色の壁に卵やペンキを投げつけて、閉じ込められた怒りを発散させた。当時プーチンはほとんど知られていない連邦保安局長だったが、疑いもなく、これを注視していた。
その夏に首相に指名されたプーチンは、ロシアの西側に対する深い妬み、実現されることの決してなかった約束された繁栄を裏切られたと感じる彼らのセンス、日に日に強まっていく超大国だったソ連時代の過去に対するノスタルジアを利用して、直ちに自身のサプライズ指名をてこ入れし始めた。
プーチンはロシア国民に第三の道、すなわち個人の自由(後になっていくつかの制限が再び顔を出してくるのだが)、政治的イデオロギー無きナショナリズムを有した権威主義を提示したのである。西欧に対する不確かで絶え間ないパンチは、ロシアの文明は独自の異なった道を持っているというシンプルな主張によって、直ちに放棄された。
プーチンが政権に就いてから、モスクワのプロパガンダ・マシーンと様々な西側の右翼ナショナリストたちに対する支援は、グローバル事情を再形成する一助となってきた。しかし、クレムリンの世界と政治の概念、そしてその他多くの流儀において、ロシアはほぼ20年前に彼を権力の座に着かせた反西側感情に特徴づけられる1999年にはまり込んだままなのである。
格言によれば過去は予言できないが、未来は開けていると言われる国にあっては、どういった歴史バージョンを語っているか、が大いに重要である。過去のロシアの大失敗を考察する米国人にとっては、ソ連邦が最大の失敗に見えるのがその典型だ。しかしながら、ロシア人たちは、一個の人間としても屈辱的だったがゆえに、多くの人々にとって略奪がよりひどいものに思えた1990年代の方が大失敗だったと考えがちなのである。トイレットペーパーを求めて他の人たちを一緒に行列に並ぶのと、隣人はスシを食べに出かけていくのに自分は家で茹でたジャガイモを食べながら我慢している、というのとは違うのである。
プーチンが経済を回復させ1990年代のカオスを制御したと信じられていることで、彼は悪事をうまくやりおおせた。しかし、プーチンが政権についた当時、逆説的にも1998年の危機とそれが引き金となったハイパーインフレのおかげで、経済はすでに回復しつつあったことはしばしば見落とされている。経済の主要な推進力である石油とガスの価格も上昇し始めた時、過去を振り返ることなどとてもできなかったが、これはプーチンとほとんどかかわりのないことであった。
国内でも国外でも、エリツインの原罪には政治的支持の見返りとして巨額の富を獲得した一握りの有力銀行家や企業家たち、いわゆるオリガルヒとの結びつきも含まれていると信じられていた。しかし、プーチンは、汚職に毒づいて<法の独裁>を制度化すると約束しながら、ロシアから汚職を振るい落とすどころどころではなく、指数関数的な拡大を見渡し、クレムリンは今やマフィアを牛耳っていることを確実にしただけであった。
彼の真に新しいところは、ある種封建制的なトップダウン式の行政管理を制定するために汚職を利用した点にあった。地方の知事や大物たちがクレムリンに忠義と現金を貢いでいる限り、彼らは自分たちの領地から意のままに自由に利益を貪ることができた。プーチンは石油産業を有効に再国営化するために力づくの方法と脅しを使った。そして、2001年には、忠実な官僚アレクセイ・ミラーを国営ガス独占企業ガスプロムのトップに据えた。ガスプロムはそれまで、しばしばクレムリンの利益に反する行動を取っていた独立心のあるボスによって経営されていたのである。今やかなりの額のマネーをロンダリングするのに安全に使うことができるようになったわけだ。
プーチンはその時からずっとこのトップダウン式システムを権力掌握の保持に使い続けてきたが、今、それを時代に合った形に修正しようとしている。この修正は、彼らが知っている唯一のものであるきわめて個人化された統治システムの保持を助けてくれるだろう。
長い目で見れば、国を孤立化させ、諸々の制度を骨抜きにし、天然自然経済を略奪してきたプーチンの泥棒政治が今後も続いていくのかどうかを疑う理由は多くある。しかしながら、今のところは、プーチンの1999年アジェンダがクレムリンの内的論理を満たし続けている。このリストのトップには、国家指導者、戦闘機のパイロット、胸をはだけた乗馬姿、そして共産主義がソ連人民に偶像化することを強いたある種の国父、といったイメージを巧みに作ることによって正当化されたプーチンの権力掌握を動かし得ないほど固定化させる狙いが鎮座している。これが、やかましく反対する野党を権力から遠ざけておく土壇場のビッドと揶揄された、何の権力基盤も持たない政治的新参者の姿だった。
政権に就いて以降のプーチンのほとんどの行動についてがそうなのだが、強い男のイメージを培っていくのに暴力と脅しを使うことは明らかに一貫していた。大統領になる前にも、1999年に新ブランドの首相として、第二次チェチェン戦争を仕掛けることで支持を集めた。彼のタフガイのペルソナは屈辱感を味わっている人々にとっては慰めであった。第一次チェチェン戦争は、チェチェン反乱軍が訓練も装備も乏しく、しばしば酔っぱらっている政府軍を壊滅させて、1996年に失敗に終わっていたからだ。
ロシアが自国の国境内の反乱軍さえ制圧できないほど力のない国と見られていた当時、大方は、市民たちを虐殺するというプーチンのゆるぎない意志を過小評価して、こいつは大バカ者だと予言した。
プーチンの決意は、彼が政権に就く直前の重量級の出来事、西側がモスクワと連動する努力の一部だったロシアのボスニア平和維持軍のシンボリックな分遣隊が、自分たちの持ち場を放棄し、コソボの首都プリシュティナの空港占領に走った事件によって、確実に煽られた。この出来事はバルカンのスラブ正教徒たちとの新たな連帯を表明する普通のロシア国民と共鳴した。ロシアの兵士たちは空港施設からブロックした英国軍に食糧を頼っていたのだが、ほとんどのロシア国民はこの一手を、今や敵対者と見なした西側の軍事同盟国に対する大胆な勝利として称賛した。数か月後に始まった第二次チェチェン戦争は、モスクワはもはや外国の非難は屈しないというもう一つのシグナルを送った。
その時からプーチンのイメージ作り計画は闘争に頼り続けている。彼の定則は今、グルジアとウクライナへの侵略、そしてシリアでの軍事キャンペーンとぬぐいがたく結びついている。モスクワがNATO拡大に反応するにはあまりにも弱かった時、これらのことは必然の出来事ではなかった、と主張する論者もいる。プーチンが今月いみじくもほのめかしたように、米国が向こうから最初に核攻撃を仕掛けてくるだろうと本当は信じていないように、クレムリンはNATO拡大を深刻な脅威とは決して見なしていなかった。しかしながら、米国を実存的な脅威とキャスティングすることで、プーチンは自身のもたらした汚職や権威主義や孤立化にもかかわらず、国民を結集させることができたのである。
プーチンが次期大統領選挙戦で貫いた基本的な主張は、もっともよく知られている<無敵の>大陸間弾道ミサイルや米国のミサイル防衛を出し抜くだろうと彼自身が約束した核機雷といった、新世代の核兵器の開発で西側を脅かすということであった。2月に行われた年次教書演説中には、フロリダに狙いを定めた核弾頭を描いたビデオも含まれており、トランプ大統領の別荘地もたぶん一緒に吹っ飛んでしまうだろう。
プーチンは自身の攻撃性を、<多極的世界>、言い換えれば、米国指導の世界秩序を抑えてロシアがより強い影響力を持つための弁護の一部だとほのめかすことで正当化しようとしてきた。10年前、NATOその他の多国籍組織にとって代わる新たな安全保障体系、欧州安全保障条約の制定で西側諸国と協力していくというクレムリンの提案にはシュガーがまぶしてあった。ほとんどの西側の政治家たちがこのアイデアを無視した。しかし、その時までに、すでにロシアは2008年にグルジアに軍を送ってトビリシのNATO加盟の野心をつぶし、協力の仮面を振り落として、完全に西側と決裂する用意を進めていたのであった。
今月起きた英国でのロシアの元スパイセルゲイ・スクリパルとその娘の殺人未遂事件は、プーチンが長く維持されてきた国際ルールに挑むためにショック戦術を使った最新例である。スパイ交換で放免された諜報員として、スクリパルは<オフリミット>と思われていた。クレムリンは復讐心を容赦なくまき散らして、彼の家族たちもターゲットにしたようである。これは西側にとっては新たな大胆な試練だ。第二次世界大戦後の欧州で神経剤が初めて攻撃的に使われたことに対する西側の反応が弱いということになると、こうした攻撃は有効だといシグナルをクレムリンに送ることになってしまうからである。
2008年にグローバルな経済危機が始まってから10年間の経済的不安定は、1990年代の奈落から自分たちを救出してくれた元KGB将校に背中を向けることをロシア国民に悟らせてはくれなかった。大統領を批判すれば仕事を失いかねない国にあって、真の世論を測ることはまだ難しいのである。
唯一の独立系世論調査機関であるレヴァダ・センターがカーネギー・モスクワ・センターと共同で行った最新世論調査は、ロシア国民がプーチンを支持するアネクドート的な証拠を提供してくれる。ほとんどの回答者たちは何らかの形で国の変化を望んでいるが、プーチン以外にそれを定める人物を思い浮かべることができないと言う。政治を超えた存在というプーチンの世評がある役割を果たし(彼は支持基盤である統一ロシア党の党員として出馬することを拒んでいる)、政府の欠陥を役人たちのせいにして、汚職スキャンダルで定期的に彼らをパージすることを可能にさせているのである。最新のケースでは、前経済発展相アレクセイ・ウリュカエフが昨年12月に収賄罪で禁固8年の有罪判決を受けた。スターリン時代以来のトップ官僚の逮捕である。ウリュカエフは、濡れ衣を着せられたと主張し続けている。
もう一つのレヴァダ・センターの世論調査は、多くの国民がクリミアのロシア併合は西側にロシアを尊敬することを余儀なくさせたと信じており、国民の70%が自分たちの国は超大国の地位を獲得したと回答していることを示している。ロシアのオブザーバーたちは何年もの間、若いロシア国民の間で草の根的な民主主義化が広がっているという希望について語ってきた。しかし、しばしば街頭に繰り出すほとんどが若い抗議者たちは、相変わらず小さなマイノリティ集団であり、ほとんどの若いロシア国民は、プーチン側の誰もがそうであるようにフックで引っ掛けられているように見える
大統領の高度に個人化されたルールのシステムは、彼の去った後にもそのシステムが生き残るという見通しをありえないものにしているものの、今のところ公然と目に見える亀裂はなく、クレムリンはちょっとした批判にもうまく合わせているので、プーチニズムはその最後の瞬間まで、あるいは外部からの衝撃が転覆させるまで、続くかもしれない。プーチンが安全保障機関を直接管理していることも、当面はどんな変化も起こりそうにないようにしているし、クレムリンのクーデターその他の不測の危機も同じく勃発しそうにはない。それゆえ、モスクワとのディールは、より長期的な戦略的思考とロシアの近隣諸国において民主主義の建設と市民社会への援助への投資をより拡大することを必要とする。しかし、結局は、プーチニズムに対する西側の対応は、1999年以降に様々な賭けはあったものの、ロシア大統領のロジックは変わらないままである、という理解の上に築かれなければならない。」

ロシアへの関心が捨てきれない一主婦が、同年代ということもあって、良きにつけ悪しきにつけ戦略的思考に優れた冷徹で知的レベルの高いウラジーミル・プーチンという大統領とそのシステムの構築に好奇心を刺激され、2012年3月30日からこのブログを書き始めたのですが、今回でちょうど300回となりました。ここで少し休むことにします。
通算第4期目に入るプーチン・システム、巧妙に作られていればいるほど長期政権化すれば硬直度合いも増し、<閉塞感>や<停滞感>が社会にじわじわと広がって、それがボディブロ―のように効いて、この先プーチン政権の強みを弱みに転化させてしまうかもしれません。そういった報道や分析は専門家に任せつつ、今後もロシアへの関心は持ち続けていきたいとは思っていますが・・・
プーチン後のロシア、やはり、かなり面白そうですもの。

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ロシア大統領選投票結果と投票日直前のプーチン教書演説

3月18日に行われたロシア大統領選の結果、現職のプーチン大統領(65歳)が76%を超す得票率で圧勝し、何事もなければ通算4期目の2024年までロシアを率いることになりました。
他の7人の候補者たちの内4人の得票率は1%にも及ばす、プーチン政権批判を前面に押し出した元TVキャスターのクセーニヤ・サプチャック氏の得票率は1,5%で、これはロシア世論調センターが9日に行った調査で投票に行かないと回答した3%を下回りました。ちなみに、この3%の中には、大統領選のボイコットを呼びかけたアレクセイ・ナヴァルヌィの支持者らも含まれています。

ウラジーミル・プーチンは3月1日に、ロシア指導者として14回目となる異例の年次教書演説を行いました。会場を大クレムリン宮殿のゲオルギエフスキー・ホールから中央展示場<マネージ>に移し、両院議員の他に政府関係者、憲法裁判所および最高裁判所長官、検事総長、中央選挙管理委員会・会計検査院・社会院の長たち、各地方・地域の指導者たち、その他の高官たち、主要宗教の長たち、マスコミ代表らが招待されました。
大統領広報官が、今日ロシアの指導者は現職大統領として、また次期大統領候補者として演説すると前置きして始まったプーチン氏の演説は、大まかに次のような内容のものでした。

「今日の年次教書演説は、我々が今生きている時代のように、特別な変わり目となる性格を有している。この先数十年間の我々の国の運命が明確にされるのである。我々は大規模な変革を通過し、国家の統一を維持し、民主主義社会を確立し、生活のほぼ全分野で安定性を確保した。
安定性は基盤であり、さらなる発展を担保するものではない。我々は自己安堵を許容することはできない。国民の生活の質の保障という観点から見て、我々はまだその目的を達してはいない。
すべての基礎にはロシア国民の貯蓄がある。そのためのしっかりした土台は築いてある。我々は新たな課題を解決できる。我が国の経済は安定性を示した。安定したマクロ経済状況と技術革命が突破口の基礎を作り出している。
誰が次期大統領に選出されようと、我々は皆、どういった挑戦を受けているかを感じ、理解しなければならない。テクノロジーの波に乗る者は先頭に躍り出るが、波はそれ以外の者たちは飲み込んで沈めてしまう。彼らは主権を失ってしまうのである。
立ち遅れれば人の潜在力は弱められ、流失してしまう。若くて教育も才能もある人々は成功している国々に出て行ってしまうだろう。世界の変化は文明的性格を有している。我々は真の突破に答えを出す用意がある。
前進するために、我々は民主主義と市民社会を含めたあらゆる分野で自由の空間を広げなければならない。立ち遅れ、これこそが大きな脅威であり敵である。もし我々が状況を打ち砕くことができなければ、慢性病は強まっていくだろう。いかなる障害物も我々の前進を邪魔しないように、そうしたダイナミックな発展を保障する必要がある。
何を優先させるべきか? 人々の平穏無事であり、ロシアの家庭の豊かさである。2000年には29%が貧困家庭だった。2012年までに、我々はこの割合を10%までに下げた。その後、危機のために貧困率は再び上昇した。働いていても、貧しく暮らしている人たちもいる。我々は雇用構造を刷新し、現代的でしかるべく報酬を支払われる職場を作っていかなければならない。国民の長期的でしっかりとした所得増大と貧困率の半減を保障しなければならない。
「人口学」 我々はネガティブな人口学的傾向に打ち勝っている。二度の人口学的落ち込みの結果を緩和した。2017年に勤労可能者人口は百万人減少し、この傾向はしばらく続き、勤労可能者の数が足りなくなるだろう。この危機に備えていく必要がある。母親基金と特恵貸付プログラムが実施されており、子供総合診療所の刷新プログラムが始動し、保育園問題はほとんど解消されている。
今後6年間で母子保護に3兆から4兆ルーブルを回す必要がある。これは巨額だが、現実的な数字である。我々の道義的義務として年長世代を支えることもある。年配層は健康で長生きする条件を持たなければならない。年金額をスライドさせて、年金受給者の現役時代の給与額と年金額の差を縮めなければならない。新政府は、年長世代の生活の質を支援し保障する特別プログラムを準備しなければならないだろう。
我々は国民一人当たりのGNPを1,5倍に増やさなければならない。難しい課題であるが、解決する用意がある。2000年当時の男性の寿命は60歳以下だった。これは悲劇である。今、この指数は世界で最も高い数字の一つとなっている。目標を立てなければならない:今後10年間が終わるまでにロシアは長寿国の仲間入りをすること。活発な健康寿命を伸ばさなければならない。
「経済と金融」今後6年間に追加手段を取る必要がある。まず、国庫支出の効率性をアップし、個人資本をもっと誘致する必要がある。課税条件を改善する必要がある。予算を補充し、同時に成長を刺激するような財務処理が必要である。世界より成長率の高い経済が必要である。これは難しい課題だが、基本条件でもある。これは新政府の仕事の鍵となる目標だ。
エネエルギー価格に頼る率は減少した。全体的に見て物価はまだインフレ率より高いものの、低いインフレ率が発展の基盤を与えてくれている。ついこの間のインフレ率は13%であった。今、マクロ経済の現実は違う。低いインフレ率、安定した経済、投資家たちの信頼に足りうる環境だ。我々には今、このインフレ水準を維持しながら、政策金利を引き下げることが可能である。ロシア銀行の支援を期待している。
原則的に異なったレベルで成長源が働きださなければならない。基幹産業分野の労働生産性を向上させ、年率5%の成長が必要だ。これは賃金が増えるということでもあり、すなわち、消費需要が増えるということで、経済発展の補足的な推進力となる。もう一つの成長源は投資の拡大だ。我々は投資をGNPの28%にまで到達させるという課題を達成できなかった。政府とロシア銀行がどうやってこれを保障するかというプランを提示することを期待したい。1年間で2つに1つの企業が技術変革を実現するレベルにまで達する必要がある。
第三の成長源は中小企業である。資金繰りに苦労するが、現在は低い金利の貸付プログラムがある。さらにもう一つの成長源が資源外の輸出拡大だ。ここではあらゆる障害を取り除かなければなない。輸出サービスを発展させていかなければならない。
我々はもはや輸入食糧に頼ってはいない。4年後には、他国から買うよりも多くの食糧を他国に売っているだろう。農園と種子企業を支援しなければならない。記録的な収穫に感謝したい。ソ連邦時代の記録的な収穫を上回るものだった。こうした豊作には裏の面もあり、価格が下がり、貯蔵もより困難となる。生産者は加工と輸送に特恵を与えられるだろう。
根本的にビジネス風土を改善する必要がある。経済における国家の役割は徐々に縮小していかなければならない。エネルギッシュに市場に資金を出して行く必要がある。刑法法典は争議解決の道具となることや止め、行政的な観点に切り替えていく必要がある。審査数は形式的には減っている。諸々の審査は特例となるべきである。駆け出しの企業家たちを支援することが重要である。納税報告を簡素化する。これはしきたりではあるが、エネルギッシュな前進を可能にしてくれるものでもないからだ。
「軍と防衛」シリア作戦はロシア軍の潜在力が増大したことを示した。全般的に軍事力が大幅に増強され、新型ミサイルで刷新された。全世界は我が国の新型飛行機や軍備の名称を知っている。ロシア国境全周に隙間なくミサイル防衛レーダーが張り巡らされた。ロシア連邦国家防衛管理センターが創設された。
米国はミサイル防衛条約から離脱した。すでに2000年に彼らはこの条約を疑問視した。我々は断固反対した。この条約は国際安全保障システムの要であると考えていたからである。この条約は、どちらの国も核兵器を使用しないという担保だった。我々はこのシステムを壊さないように長い間米国を説得し続けた。すべてが無駄だった。米国が離脱した後も、我々は建設的な対話を試みた。妥協点を見つけられるだろうという気がした時もあった。しかし、違った。我々は、攻撃コンプレックスを一層完全なものにする、と声明した。それに対して、ロシアを念頭において対サイル防衛システムを拡大しているわけではない、と米国側は回答した。
ソ連邦崩壊後、ロシアはその領土、人口、GNP, 軍事的潜在力をかなり失った。我が国の企業に米国の軍検査官が居座った。ロシアは借金まみれだった。経済は国際貸付無くしては機能しなかった。我らがパートナー諸国には、ロシアはその潜在力を伸ばせないから、さらに突き進んで、確定的な軍事的優位を獲得することが必要だ、と思えたのだろう。
この点では我々も悪い。しかし、米国が同条約を離脱してから15年間も、我々は彼らと話をしようとしてきたのである。CHB-3条約も結ばれた。しかしながら、地球規模でミサイル防衛システムを構築する計画が実現されていく中で、すべての合意は徐々に意義を失っていってしまった。米国は対ミサイル数を拡大し、新たな陣地を築いている。これは、ロシアの核潜在力の価値を完全に落としてしまうかもしれない。アラスカとカルフォルニアでミサイル防衛システムが作動している。ルーマニアとポーランドで展開され、間もなく日本と韓国にも導入されるだろう。事は全速力で進められている。
ロシアはこうした挑発にどう応えたか? この数年間、我々は集中して有望な技術と軍備の開発に努力し、戦略兵器の建造に努めた。ロシアでは、ミサイル防衛に打ち勝つ、価格面では極めてつつましいシステムが開発された。新世代ミサイルの開発にも着手した。<ヴォエヴォーデ>に代わる<サルマータ>の実験にも着手している。<サルマータ>の潜在力はより高く、飛行活動部分が短いため、ミサイル防衛システムで捉えにくくなっている。
世界では無人飛行システムやより深くより遠くに動くことのできる様々な機器が製造されており、それはまったく素晴らしい。音を立てず、機動的で、これに抗するシステムは世界に存在しない。
極超音波武器の開発も行われている。ロシアは世界に類似品のない武器を持っており、実験はすでに行われている。極超音速ミサイルも機動作戦を実現させる。我々はこのシステムを<キンジャル>と名付けた。真の技術的突破口は滑空巡航ブロックを有した戦略的任務のミサイル戦略コンプレックスの建造である。
私は2004年にも、一連の国家が質的にも量的にも軍事潜在力を増強させている状況下で、我々は現代的な武器を持つ必要がある、と言った。我々が創造したようなシステムは、世界の他のどの国にもない。我々は自分たちの計画を秘密にしたわけではない。パ―トナー諸国に我々と交渉を行うよう率直に言い続けてきた。しかし、本質的には誰も我々と話をしたくなかったのだ。誰も我々の言うことに耳を貸さなかった。今こそ、我々の言うことに耳を傾けるがいい。
あなたたちの多くは褒賞のために働いているわけではない。私はあなたたちの努力とその成果に感謝している。今日のわれらが祖国にとってとても必要なものである。我々はあらゆる分野の課題を解決する潜在力を拡大していくだろう。こうしたロシアの発展は確実で、堅持されていくだろう。
今日私の述べたことすべてが、我が国に対するいかなる潜在的侵略の酔いもさまさせてくれることを期待する。我々に対して力を行使しようとする試みは無意味である。我々は義務に応じてパートナー諸国に伝えるべきだった。我が国の国防能力を強化する仕事はすべて、合意事項に即して行われたものであった。我々は誰も脅かそうとはしていない。これは平和の保障、戦略的均衡の維持なのである。軍拡を進め、戦略的優位を獲得したいと思っている者たちに私は告げる。あなたたちが邪魔したかったものすべては実現された。ロシアを抑え込むことには成功しなかった、と。
全世界が転換期を迎えている。変化に対応できる者が指導者になるだろう。我々は常に独自のゆるぎない路線を歩んできた。我々の団結こそ、今後の発展のもっとも堅牢な基盤なのである。」

投票当日の18日の夜、クリミア半島のロシアへの併合から4年を祝う野外集会&コンサートが開かれていたマネージ広場に姿を見せたプーチン氏は、支持者たちに当選への感謝を示しました。ここでも強調されたのが<団結>です。
「多大な支援をありがとう。今日、ここモスクワに集まった人々にも、広大な我が国の全領土に散らばっている支持者たちにも、私は言いたい。私たちは一つのチームであると、そしてわたしはそのチームの一員であると。きょう投票した人々は皆、一つの大きな全国民的なチームなのです。私はこのことに、この数年間の極めて厳しい状況下で成し遂げてきたことが認められたのだと、我々がこれからも緊張感と責任感を持って、そしてより良い成果をもたらすべく、仕事をしていくことに人々が信頼と希望を寄せているのだと思っています・・・成功が我々を待ち受けています・・・他の候補者たちに投票した人々をこちら側に引き寄せることは非常に重要です。前進するためにはこうした団結が必要なのです。前進するために、我々は国民一人一人との連帯感を感じなければなりません・・・」
プーチン氏はまた、今後仕事をしていく中で、ロシアは短期的で時局的な思惑に従うことなく、未来について考えていくだろう、とも述べています。

ロシア社会は今、<安定を求める声>と<変化を求める声>に二分されている、という報道もあります。特に1980年代以降に生まれた若い世代はソ連時代も知らず、中にはソ連崩壊後の苦難の時代も覚えていない若者たちもいますから、今回の選挙でプーチン氏は若者層の動向にはことのほか神経をとがらせました。
プーチン氏が<安定>だけでは<突破口>は開けず、やがて<停滞>と<閉塞感>が蔓延していくことを十分に自覚していることは、教書演説からもうかがえますが、国内外に杞憂を抱えての第4期目のスタートです。今後の政権運営は果たしてどういったものになっていくのでしょうか? そして、もう一つ、少なくともロシアに関心を持っている限り、必ずやってくるプーチン後に想像をたくましくするのも大事なことではないかと私は思っています。
余計ですが、ウラジーミル・プーチンも歳をとりましたね。スマホも持っていないそうですけど・・・




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急成長を遂げつつあるロシアのイスラム・ファッション界

ロシアの次期大統領選挙投票日を明後日18日に控えていますが、その結果はもうわかりきっていますので、今回は、少々長くなりますが、ロシアで起きているらしいイスラム・ファッション旋風についての記事が面白かったので、ご紹介しておきます。
2月17日付コメルサント電子版(https://www.kommersant.ru/)に載っていました。

政治・経済だけではなく、時代の変化に伴うこうした社会の動きも興味深いものです。

「ロシアのイスラム・ファッション界で、10年から15年前に起きたことすべてが再来している。輸入物に代わり、独自の強力なブランドが出現し、世界に進出している。ちょっとした違いはある。スピードはより速く、展望はよりスケールが大きく、活躍しているのが女性たちである点だ。
長いワンピースと華やかなヒジャブを調和させた中年の美しい女性、ガリーナ・トローシナは、モスクワ南部の自身の小さなオフィスの入り口で我々を出迎えてくれた。今、この場所がオフィスでもありアトリエでもありショールームでもあるわけだ。チェルタノーヴォのショッピングセンターが店賃を大幅値上げしてから、ガリーナの主導するブランドBella Kareemaのモスクワ店は、新たな販売拠点を見つけるまで閉鎖せざるを得なくなったのである。
何人かの客がいた。長いワンピースを着た女性もいれば、ジーンズ姿の女性もいる。彼女たちの服装から属する宗教を判断することは難しい。ショールームに掛けてある服についても同じことが言える。もちろん、東洋はある。しかし、東洋のバザールではない。色はけばけばしくなく、ミディアム丈のワンピースやウェストをぴったり絞ったワンピースもある。幅広パンツもあれば、極めて現代的なスタイルのジャケットもある。
シースルー生地や人間と動物を描いたプリント生地のものはない。イスラム教法典で禁じられているからだ。『私たちはモデスティファッションの枠にとどまりながら、普遍的なものを目指しています。鮮やかなプリントものや大胆なシルエット、他のデザイナーたちとのコラボレーションを怖れてはいません。私たちのブランドを買ってくださる女性たちのほぼ半分はイスラム教徒ではない、と言えます。モデスティファッションは世界のトレンドです。様々な宗教を持っている女性たちに合いますからね。イスラムモードのブランドはこの市場で非常に大きな強みを持っています』と、ガリーナは語った。『イスラム教では金利は課すことも支払うことも禁じられています。人は他人のお金でもうけてはいけません。私たちのブランドに関して言えば、ブランド所有者の個人的な投資ですべて維持されています』
アトリエの仕事はたけなわだ。3か月後はラマダンなので、ご婦人たちは伝統に従ってドレスを買う。新コレクションを急ぐ必要がある。オフィスで働いているのは女性たちのみで、国籍と宗教はばらばらだ。正教徒もいればイスラム教徒もいればユダヤ教徒もいる。ガリーナいわく、要は仕事の質なのである。
自身について、家族について、ビジネスの資金源について話すことを、ガリーナ・トローシナは好まない。『イスラム教では金利を支払ってお金を借りることをハラームで禁じています。会社は個人資金やスポンサーの投資やイスラム銀行のサービスを活用できます。なかには、この問題をイスラム女性のヒジャブ着用の問題と並んで議論の余地ありと見なしている人たちもいますね。すべて個人資金の投資かスポンサーの投資で維持されていますが・・・』と彼女は資金関連の質問に対しては言葉を濁しながら答えた。『でも、もし私が金融機関に出向いて、ビジネスプランを書いて、やりがいのある仕事であること立証することになったら、融資を受けて金利も支払うでしょうね』と。
ガリーナがシベリア生まれで、既婚者で、経済学部で勉強し、働いていたことは知られている。2011年にイスラム教徒となり、仕事を辞めて、アラビア語の勉強とコーランの研究に没頭した。2013年にカザン出身の才能あるデザイナー、ディリャーラ・サドリエヴァと知り合い、彼女の商標Bella Kareemaを伸ばすことに着手した。数年間で小さなインターネットプロジェクトは8店舗から成る全国ネットになった。カザンとグローズヌィとマハチカラに代表部を置いている。
ガリーナ・トローシナ自身は、ビジネスの採算性が高いかどうかについてはまだ何とも言えない、プロジェクトは今年になって独立採算制となったばかりだから、と言う。『ありがたいことに、今我が国ではテロが起きていません。テロ行為はイスラム教徒全体に対する節度に悪い影響を与えます。ヒステリーが理性を支配し、人々にはテロリストたちと、自身の信仰に従い、悪をもたらしたくないと思っている人々とを区別することが難しくなってくるからです。それは売れ行きですぐに感じられますね』と述べた。
しかしながら、その一方で、利益を上げられないということは売れ行きの悪さのみならず、投資規模の大小にも関係していると考えることもできるだろう。彼女の会社は真剣に発展に取り組んでいる。クアラルンプールとロンドンのイスラムモードコンクールに出場して国際的に発表したり、ブランドブックを作成したり、小売販売ネットを張り巡らせたりと、同ブランドが中価格帯(平均で10000ルーブル)に位置していることを考えれば、こうした戦略は明らかに長距離マラソンを計算に入れている。
『ガリーナ・トローシナがプロジェクトに加わって、Bella kareemaはイスラムモード界のある一定のセグメントのリーダーに変わりました。ガリーナはビジネス戦略を持ち込み、融資を引き寄せました』と、コンサルタント会社ワンディ・グループ共同創設者ナターリヤ ・ナルミン・ イチャーエヴァは語る。『他の商標も、イスラムモード界のリーダーたちに、彼女たちの成功に注目しています。そして、自分たち自身も大胆な一歩を踏み出しています。低価格帯でも中価格帯でも高価格帯でも、すべてが猛スピードで発展しています。今後このまま進んでいけば、イスラムブランドが百貨店グムやトレチヤコフ小路にお目見えするでしょう。5年前には<ロシアのイスラム・ファッション・ブランド>などという概念は基本的に存在しなかったのですよ』
『想像してみてください』とナターリヤは続けた。『2000年代の初め頃、伝統に従った服装をしたいと願うイスラム女性たち(公式データによるとロシアのイスラム人口は10%である)には二つの道しかありませんでした。市場に行ってトルコ製の衣装アバイイ(主として黒)を買うか、ザラかどこかで購入したサラファンに袖を縫い付けて自分でうまく作るか、夏物のワンピースの下に暑苦しいタートルネックを重ね着するか、です。すると突然、文字通りここ数年の間に、状況は根本的に変わりました。イスラム・ファッションの最初のブランドが登場して成長し始め、コレクションと最新流行のモードを広げ、イスラム女性にとってのみならず魅力的なファッションとなりつつあるのです。次第に数百万人のイスラム女性たちが、成功の程度に差はありますが、衣装を縫う仕事に従事するようになりました』
ナターリヤ・ ナルミン・ イチャーエヴァの会社ワンディ・グループは、下院向かいのギャラリー<モードヌィ シーズン>内にあり、毎年イスラム商品のマーケットを開いているので、この産業が爆発的に伸びている流れについて判断することができるのである。
『イスラムブランドは数百規模で登場し始めました。3年前にはわが社のマーケットには全部で10の申し出もありませんでしたが、規模は様々とは言え、今では400人は安定した仕事をしていると言えるでしょう。2年前にはすでに過剰生産と品質の低下が始まりましたが、これはよくあることです。おそらく、あと1年は、ブランドを作ろうという自然なクリエイティブ精神がたぎるでしょうが、その後はすべてが落ち着くでしょう。重要なのは、この波に乗って本当に力のある良質なブランドが登場し、業界のリーダーが登場したことです』
今日、<ロシアのイスラム・ファッション・ブランド>はしっかりと根付いた。モスクワのエリート社会は一つのモードから別のモードにそう簡単には飛べないのである。オリガ・ブーゾバはグローズヌィの<チェチェン・モードの家>でヒジャブを被って写真を撮り、クセーニヤ・サブチャックはマハチカラ出身のデザイナーのアトリエに通い、スヴェトラーナ・ボンダルチュックは、ナーリチック・コレクションの新作発表を見にズラブ・ツェレテリ芸術ギャラリーに出かけていく・・・
もちろん、多くの点で、大衆の注目を浴びることは、プレミアムブランドの創設者の社会的ステータスによって可能となる。少なくとも二人はそうだ。カフカース地方のファーストレディの子供たちである。ラムザン・カディロフの妻メドニは<モードの家Firdaws>(現在は娘のアイシャットに経営権が移っている)を創設した。カラチャエヴォ・チェルケシア自治州の元上院議員ラウフ・アラシュコフの妻アイーダはブランド<アライーダ>の所有者である。この二つのブランドは、その展望と投資の観点から見て、印象が強い:最高のロケーションでの作品発表、数百万ルーブル規模のPR投資、郷里内外でのブティックを展開、などなど。
もっとも、演壇に並んでいるのはプリンセスだけではない。イラーナ・サビーロヴァのブランド<イメージ ストーリー>はきわめて印象的な沿革を持っている。カザフスタン出身の若き建築家兼デザイナーによって創設されたち小さな会社は、数年の間にアルマーアタ、カザン、グローズヌィ、ナズラニ、モスクワに出店した。昨年、Boscoのバイヤーが同ブランドに注目し、今では<イメージ ストーリー>はBoscoのために高級コレクションを縫っている。通常のコレクションがイスラムの衣装アバイアで一着15000ルーブルから18000ルーブルだとすれば、Bosco各店ではシルク製のアバイアを価格10万ルーブルで提供している。
グローズヌィ出身のアイザ・ジャブライーロヴァのブランド<マレカ>(Bosco各店にもすでに並べられている)と<アセット>は、ロシア国外でも知られるようになってきた。<アセット>はアラブのエミラートたちの間でも販売されているが、かの階級では最新ファッション市場の競争は疑いもなく数倍高い。
大衆向け市場での成功例は多くある。たとえば、2011年にスレイマノフ兄妹の創設したブランド<レゼダ スレイマン>は、今では19の店舗と38のショールルームを持っている。もう一つ例を挙げれば、サヘーラ・ラフマニの<モードの家>は今では連邦レベルに打って出ているが、イランからの亡命者でモスクワ紡績大学の卒業生である父親から100万ルーブルを借りてビジネスを始めたのである。ブランド<HAYAT>の創設者グリナラ・ナルーリナも、夫から受け取った10000ルーブルを元手にビジネスを始めた一人だ。
『イスラムブランドが従来の、それほど表立っていない販売空間にひしめき合っていた時代は去りました。今日では、こうしたブランドは目につき、それぞれのブランド所有者たちは大衆の注目を引き付けようとして次から次に新しい手を考えだしています』とナターリヤ・ナルミン・イチャーエヴァは誇らしげに語る。
そうした新手の一つとなったのが、ロシア版L’Officiel誌9月号の表紙を飾ったヒジャブをまとう少女の写真だ。ブランド<HL Arapkhanovi>の創設者アラプハノブ姉妹の一人、ハディジャが表紙をスタイリングした。写真は一大センセーションを巻き起こした。頭をヒジャブで覆ったモデルが、Vovueや米誌Allureのアラブ版也中東のWomen’s Healthの表紙にも登場し始めた。
日常生活ではヒジャブを着用しないドイツ・トルコ系のモデル、リーザ・ワウィングトンが、雑誌向けにポーズをとった。ソーシャルネットのユーザーたちは、産業はイスラム女性の<つつましいイメージ>を利用している、と書き込み、イスラム教を信仰していないモデルを撮っていいものかどうか、ヒジャブをシースルーのワンピースやパンツスタイルと組み合わせていいものかどうか、について論争し、サラファンとココーシニクを着たモデルたちの表紙を要求した男性まで現れた。
イスラムモード界のもう一つのアンファンテリブルは、ブランド<Zuhra Fashion>である。プーチンのポートレートを描いた肌を露出しないワンピースと、ヒジャブにソ連時代の女性パイロットを描いたカムフラージュ・ワンピースは、このブランドの作品である。
アイシャット・カディロフさえ、反抗的行動に出た。昨年12月にBBCが、アイシャットがチェチェンにエロチックな女性下着と秘密めいたアクセサリーの店Lady Aを開いた、と報じた。『あなたの秘密と豪奢なレースの婦人用私室・・私たちの間だけの・・』と、インスタグラムの非公開アカウントに同店の品目について記述してある。
まもなく、チェチェン共和国の民族政策・出版情報大臣ジャムブラート ウマーロフが同店の開店情報の誤りを立証したが、Lady Aの女性店主がまさにカディロヴァであることを、彼女の女友達たちがソーシャルネットに書き込んだ。
活発なマーケティング、現代的なファッション様式、文化的アンビバレンツの特徴は、もちろん、ロシアのイスラム・ファッション・デザイナーたちがパイオニアではない。しかし、革命が起きたのは、彼らが登場するほんの少し前のことなのである。まさに2010年に、ロンドンに、イスラムブランドに焦点を当てた広告会社Ogilvy Nが登場した。この会社の方針文書には<ブランド・イスラム・新世代>とあり、<M世代が世界を変える> と書かれていた。文書の作成者たちは、イスラム教徒の若き視聴者たちを世界でもっとも影響力のある人たちと描写し、イスラムブランドにこの事実を誇り高く自覚して発展していってほしいと呼びかけたのだった。
事実、ワシントンのPew Research研究センターの予測によると、2070年ごろには世界でイスラム教徒が大多数となるだろう、という。統計データ、例えば、Thomson ReutersやDiner Stanndard の数字を見ると、目覚ましい発展のさらにもう一つの要因がわかってくる。カネである。2017年度にイスラム女性たちは2540億ドルを衣装代に使った。一人当たりに換算すると、これは他の宗教、または平均的な世俗女性が消費する額よりも多い。
この5年から7年の間に世界のモード界で起きた変化は実際のところ革命的だ。<世界を変えるM世代>という仮定が最も大きな影響を与えたのは、イスラムブランドに対してではなく、ヨーロッパブランドに対してだった、という印象を受ける。もっぱらアラブ世界の一部金持ちたちのために毎年カプセル・コレクションを制作する代わりに、世界のブランドはイスラムのテーマを自身の基本的なコレクションに組み入れ始めた。Nike Proのヒジャブ、Dolce&Gabbanaのアバイア、そしてより大衆的なユニクロの製品。さらには、Zimmermann, Max Mara, Mango, H&m, Marks&Spennserなどのコレクションに登場したイスラム女性たち用の普段着。この中で独特なのがValentinoである。このファッション・ブランドで今、身体を覆う長いワンピースが優勢を占めていることに気づかないわけにはいかないが、2012年からカタールのエミール、モザ族長夫人がこのブランドを所有していることを想起する必要がある。
ファッション・コンサルティング・グループのトップでマーケティングの専門家アンナ・レイブサクークレイマンスの意見によると、『この分野の成長テンポは予想を超えており、長期的視野で検討される投資はより採算性の取れるものとなるでしょう』という。
ロシア市場でも同じようなことが起きている。『私たちが初めてマーケットを開いた時、世俗女性たちは好奇心を示しました。東洋のバザール、スパイスの香り、ストレートなロングワンピースを身にまとった娘たちが見られると期待したのですね。そして、そこで、まったく現代的で、魅力的な、品質のいい商品と高収入の教育ある購買層に出会ったのです』とナターリヤ・ナルミン・イチャーエヴァは言う。『イスラム・ファッションの買い手は黒いアバイアの下にプラダを着ている石油王のお嬢様たちか、ごてごてといろいろな色の混ざった衣装で身体を覆った雑多なイスラム女性たちか、といったような先入観が、つい最近まで生産者たちの間でも優勢を占めていたのです。でも、私たちの顧客層はお金があって、ダイナミックで、聖典の伝統に忠実な人々であり、彼女たちに対する生産者側の姿勢は根本的に変わってきています。今日、わが社の市場を訪れる15000人の顧客の内、平均して5000人が世俗女性です』
かくのごとく、ロシアのイスラム・ファッション・デザイナーたちの前には素晴らしい展望が開けているが、ある一定の危険性は、この市場参加者の大部分(基本的には女性たちである)がやはりモード産業を生活の主要事項とはとらえていない点に潜んでいる。イスラムブランドの荒海では、日々新しいブランドが登場し、日々それほど新しくないブランドのどれかが消えていっている。ビジネスを始めようと決意した女性たちは、それがあまりにも多くの時間を家族から奪うことにふと気づいてしまうのである。
『神は女性を美しく、創意工夫に富み、賢明な像として創造しました。女性たちが男たちの仕事をやらなければならなくなった世界大戦後、彼女たちはあっという間にいたるところで様々に爆発しました。ある所では勤勉さ、ある所では美しさ、ある所では自身の創意工夫の豊かさで・・』と急成長を遂げているブランドのデザイナーであり主導者であるサヘーラ・ラフマニは言う。『でも、その女性に信仰があって、モラルがあれば、少し自分を抑える必要があるとわかってしまう瞬間があるのです。どんな女性もまずは母親であり、その義務の中には従順な妻であることも含まれています。なぜなら彼女は女性であり、未来をはぐくんでいるわけですから』と」


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これも国家安全保障戦略の一つ? 抗生物質の国内全生産工程再開に着手

これも重要なロシアの国家安全保障戦略の一つ、と考えるべきなのでしょうか?
慢性的な医薬品不足(特にロシアは抗生物質信仰が強いように思われます)の解消をめざしてきたロシアが、この25年間で初めて、ロシア国産の成分のみを使った抗生物質の全生産工程に着手するそうです。

2月20日付のイズベスチヤ電子版(https://iz.ru/)の記事です

「この四半世紀で初めて、ロシアでもっぱら国産の成分からなる抗生物質の全生産工程が始動する。ヴェロニカ・スクヴォルツォーヴァ厚生大臣がイズベスチヤに語ったところによると、2年後に完全に国産の薬剤20種類が発売されるだろう、という。今年は4種の抗生物質の生産が開始される、と厚生省は述べた。新世代の薬剤―バンコミチン・テラバンチン・オリガバンチン・ラモプラニンーである。敗血症、骨と関節および呼吸器下部器官・皮膚・軟組織の感染症に使用される。
バンコミチンの完全生産工程は2月20日に開始される。モルドヴィアの株式会社<ビオヒーミック>が生産拠点だ。このために生産作業場が改築された。新設備の導入によって、国際GMPを含めたすべての規格を満たす薬剤の生産が可能となる。
『生産インフラが現代化されることで、2020年までに輸入品に代わる、つまりオリジナルの薬剤生産という戦略分野で輸入物を国産品に切り替えることは、政府の仕事の重要な方向性の一つです。今日、死活的に必要な薬剤リストの84%が国内で生産されています。これは特筆すべき成果ですね。専門家たちの評価によると、こうした伸びは今年も継続されます。2018年末にはリストの90%がロシア国内で生産されるでしょう』
大臣はまた、新企業は国民に必要な薬が手に入りやすくするばかりではなく、生産工程に直結する独自の科学的基盤も発展させる、と指摘した。新企業の基で教育の場、モルドヴィア国立大学と共同で開設された化学および生理的活性物質テクノロジー講座も活動していくだろう。『これは坑微生物薬剤に対して抵抗力の強い疾患の病原菌と闘う上でも大きな意義を持っています。独自の生産基盤を持つことによって、個々の病原菌が抵抗を見せた時に適時対応することができます。特に、結核といった危険な疾患の場合には重要ですね』と大臣は付け加えた。
厚生省は、<薬学のブレイクスルー>は薬剤を国家に保障するという国家安全保障の重要な鍵の一つとなるに違いない、と指摘している。
ロシア薬剤生産業者連盟会長のヴィクトル・ドミートリエフは、ソ連邦崩壊までは我が国は国内のみならず他国にまで薬剤を供給していた、と語る。『ロシアはインドや東欧諸国、アジアに薬剤を輸出していました。ソ連邦が崩壊したとき、市場に登場したのが中国です。ロシア国内の生産企業は価格の面で中国企業と競争できまず、ほぼすべてが閉鎖されてしまいました。今、状況は変わりました。中国では、空気を汚染しないために高価な清浄設備を追加設置しなければならないという新たな要求が生産者側に突き付けられています。これは、薬剤価格を2倍に引き上げますからね』と彼は説明した。
ドミートリエフ会長の言葉によると、今ロシアには価格政策で中国と競争するチャンスがある、という。しかし、もちろん、国家の追加的な経済支援が必要である。
一方、薬品会社<ポリサン>のエフゲニー・カルダッシュ社長は、ロシアはそれでもまだ医薬品の生産で輸入成分に大きく頼っている、と指摘する。『ロシアは薬剤製造成分の90%を国外から買っています。箱に国産と明記してあっても、多くの場合には輸入成分が利用されているのです。しかし、全工程生産の導入によって、国は薬剤を確保することができるようになるかもしれません』と彼は語った。
2017年にロシアでは坑細菌薬剤の輸入が増大した、との報告もあるところだが・・」

欧米が経済制裁の手を緩める気配が一向に感じられない状況下で、ロシアは危機感を強めてはいますが、国民生活の根幹を支え、戦略的にも重要な食糧生産や医薬品生産や消費財生産で国内産業を活性化させようとコツコツ(?)努力は怠っていないようです。
たとえ品質の良し悪しは後回しとなっても、安易な輸入に頼らず、大抵のものは国内で賄えるというのは、愛国心が強い国民には安心感を与えるものですからね。
ロシアは辛抱強く、耐え抜いて、これまで様々な国難を生き抜いてきた国でもありますから・・・。


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「プーチノミクスの驚くべき成功」By Chris Miller

アベノミクスならぬプーチノミクスはそれなりに成功し、国家を安定させている、と認める声はロシア国外でもあります。
2月7日付けフォーリンアフェアーズ電子版(https://www.foreignaffairs.com/)に、「ロシア連邦の経済  プーチノミクスの驚くべき成功―プーチンの権力維持の定式の背後にあるもの」(By Chris Miller)と見出しをうった記事が載っていました。
かつてロシアと並んで世界一の原油埋蔵量を誇り、南米でもっとも豊かな国の一つとされていたものの、今や破たん国家寸前のベネズエラと比較しつつ、プーチン戦略のロジックを分析しています。

「『プーチンは自身の銅像と一緒にロシア経済の崩壊を見つめている』と、2014年末のタイム誌のヘッドラインは書き立てた。かつてはロシア政府予算の半分を賄っていた原油価格が2014年に半額にまでクラッシュしてすでに3年が過ぎた。同年には、西側がロシアの銀行、エネルギー企業、国防セクターに厳しい経済制裁をかけ、ロシアの大企業を国際的な資本市場とハイテク原油採掘装置から締め出した。海外のみならずロシアの多くのアナリストたちも、経済危機はウラジーミル・プーチンが権力を維持することを脅かすかもしれないと思った。今、そんな風には見えない。
今日、ロシアの経済は安定化した。インフレ率は歴史的に低い。予算もほぼバランスが取れている。そして、プーチンは、3月18日投票予定の大統領4選に向けて突き進んでいる。プーチンは、ヨセフ・スターリン以来のロシア長期政権の指導者としてソ連時代のレオニード・ブレジネフを追い抜いた。経済の安定が、80%近くという支持率を裏付けている。プーチノミクスは、繰り返す金融・政治ショックをロシア大統領が生き延びることを可能にした。どうやって彼はそれを可能にしたのか?
ロシアは3ポイントの経済戦略によって原油価格崩壊と西側の制裁という双子の挑戦を生き抜いた。まず、負債レベルとインフレレベルを低く抑え、何よりもマクロ経済の安定に焦点を絞った。第2に、より高い賃金と経済成長を犠牲にしてまでも、低い失業率と安定した年金を保障し、一般大衆の不満を抑えた。第3に、民間部門に効率性を改善させたが、政治的目標と衝突しない部分だけにとどめた。こうした戦略はロシアを豊かにはしないだろうが、国を安定させ、支配階級エリートを権力に留め置いた。
つまりこれは、プーチンは実際に経済戦略を持っているということなのだろうか? プーチン長期政権の一般的解釈は、彼が生き延びているのは石油収入が国を沈没させないでいるからである、というものだ:ロシアの経済は手腕ある経済マネージメントよりも汚職で名を馳せている、と。しかし、クレムリンは異なった経済政策を採用することもできたはずだ。そして、そうしたバージョンのいくつかは、プーチンが権力を維持することをより難しくしたはずだ。ロシア国民の暮らしを一層悪くした可能性さえある。
プーチンが初めて大統領になった1999年のロシアがどんな風であったか、思い起こしてみればいい。石油収入がGDPのかなりの部分を占める中収入の国である。自身の権力を強くするために保安機関を利用する若き中佐に率いられた一国家。公正な手段であれ汚れた手段であれ、ビッグビジネスとオリガルヒに自身のルールに従うよう強制することができる能力に一部基づいた民主主義的合法性のマントルを要求する一人の大統領。
これは、いまだ独裁体制に支配され、いまだ石油収入を頼りにし、いまだ政治的気まぐれよりルールに基づいた経済を建設できていない国家ベネズエラをよく描写しうるものだ。その違いは、故チャベス前大統領派が石油ブーム時代に無謀に消費し、石油生産のミスマネージメントに誘引された崩壊の主人役をつとめる一方、今や想像力乏しき価格統制によって消費財が著しく不足している同国家の現状である。世銀の概算によると、1999年当時ベネズエラはロシアよりも国民一人当たりより豊かな国であった。もはやそうではない。
確かに、道理的に考えて、ロシアが今日のベネズエラのようになるだろうとは誰も予測できなかったのだろうか? 実際には1999年時には、オブザーバーたちの中にはベネズエラはロシアよりも繁栄するより良きポジションにあると考えていた者たちもいたのである。当時、信用評価会社はロシア政府よりもベネズエラ政府にカネを貸したほうが安全だと判断していた。我々が現在ベネズエラと結びつけている経済の諸問題、すなわち消費材の不足、暴走するインフレ、軍の強請する食糧徴用は、ロシアの20世紀のストーリーであった。
1999年に、このストーリーは21世紀にまで持ち込まれないだろうと考える理由はほとんどなかった。しかしながら、今日、ロシアとベネズエラを比較する人はほとんどいない。二人の中佐は極めて異なった戦略を取ったからである。
資源を徴用し、配分するクレムリンのスキルは、なぜロシアのエリートたちがほぼ20年間も権力を維持しえたのか、そしていかに彼らがその権力を海外に行使してある程度の成功をおさめたのか、を説明してくれる。多くの石油独裁企業の幹部たちは、彼らの石油収入をフェラーリやフェンディのバッグに消費した。ロシアのけばけばしいオリガルヒたちは、確かに、英国サッカーチームの分け前やミサイル防御システムを搭載した数億ドルのヨットを蓄えた。しかし、1990年代の繁茂・浪費とは異なって、2000年代に入るとロシアは好景気の間に数千億ドルを蓄え、石油価格が下落した時に使うための予備基金とした。もしクレムリンの経済政策がしばしば描かれるような―石油収入を潤滑剤とした窃盗と失敗の連続として―単純なものであれば、その支配者たちはたとえ2度外国に戦争を仕掛けてさえもその権力を維持しえないであろう。
クレムリンの経済政策の狙いは、GDPや家庭の収入を最大化することではなかった。そうした目標は、極めて異なった政策のセットを必要としただろう。しかし、国内での権力を維持し、それを国外で行使する柔軟性を保有するというクレムリンの目標にとって、マクロ経済の安定、労働市場の安定、戦略的に重要な輸入セクターの国家管理の制限というプーチノミクスの3ポイントは効いた。
マクロ経済の安定から始めよう。ロシアはその経済マネージメントにおいてIMFから高い評価を得ている比較的稀な泥棒政治の国である。なぜか? プーチンチームが政権に就いてから、彼とロシアのエリートたちは債務を返済し、赤字を低く抑え、インフレを抑制することを全般的により優先してきた。1991年と1998年の悲惨な経済崩壊を生き延びてロシアの指導者たちは、ボリス・エリツインとミハイル・ゴルバチョフが目覚めさせてくれたように、国家予算の危機と債務不履行は大統領の人気を急落させ、体制を覆すことさえあることを知っている。
プーチンが初めて権力についた時、彼はロシアの石油による稼ぎの多くを対外債務の繰り上げ返済に充てた。ロシアは確実に収支のバランスを保つために、社会サービスへの支出をカットした。2014年には石油と天然ガスの稼ぎがロシアの政府予算のほぼ半分を占めていたが、今日、石油は2014年レベルの半分の取引量で、これは厳しい予算削減の賜物である。ロシアの赤字レベルはGDPの1%前後で、ほとんどの西欧諸国よりはるかに低い。
プーチンは、ロシア中央銀行が政策金利を上げた時にこれを支持した。それはインフレも抑制したが、成長も止めた。クレムリンのロジックは、ロシア国民は何よりも経済的な安定を求めている、というものである。一方、ロシアのエリートたちは、自分たちが権力を握り続けるためには安定が必要であることを知っている。クレムリンは2014年から厳しい緊縮政策を敷いてきたが、不満はほとんどなかった。
プーチンの経済戦略の第2ポイントは、賃金アップと効率を犠牲にしてまでも、仕事と年金を保障することだった。1990年代の経済ショック期に、ロシア国民の賃金と年金はしばしば支払われず、抗議活動を引き起こし、ボリス・エリツインの人気はがた落ちとなった。それゆえに現在の危機が起きた時、クレムリンは失業率の上昇よりも賃金カットの戦略を選んだのである。ほとんどの西欧諸国との違いを考えてみればいい。2008年の経済危機の後、米国の失業率は急上昇したが、解雇されなかった人々は大幅な給与カットを経験はしなかった。それに対してロシアでは、失業率はわずか1%しか上がらなかったが、2015年に給与は10%近く減少した。クレムリンの同意を得てのみ自分たちの会社を支配している企業オーナーたちは、メッセージを受け取ったのである。賃金カットは許容されるが、工場閉鎖や大量解雇は許容されない、というメッセージを。
これは、多くのロシア国民が斜陽化し、再生の希望もないソ連時代の工場でいまだに働いていると仮定すれば、有効な政策からはほど遠い。経済的観点からすれば、こうした労働者たちはもっと生産的な工場に移したほうがいい。しかし、そうすれば解雇する必要が出てくるので、これは政治的観点から不可能だ。ロシア経済の多くのセクターは、たとえそれほど多くの給料は払わなくても不必要な労働者を雇うという政治的圧力に直面している。これは、通常ロシア人は賃金カットには抗議しないが、解雇されたり工場が閉鎖されたりすれば街頭に繰り出す、というクレムリンの政治的計算に合っている。
社会政策も同じロジックで支配されている。かつて、ロシアの年金受給者たちは年金カットに抗議してデモに繰り出した。それゆえ、政府は健康や教育の財源は減らしているが、年金は安定して払い続けている。クレムリンが、貧しい学校教育が中期的成長を損なう程度を悔いる以上に、年金が政治的安定に寄与していることを評価している証拠でもある。
プーチノミクスの第3ポイントは、クレムリンの政治戦略を傷つけないところでのみ、民間企業に自由な経営を許している点である。オリガルヒの支配する国営企業が一定の基幹セクターで果たしている大きな役割は、失業率を低く保ち、メディアを手なずけ、政治的野党を片隅に追いやることによってクレムリンが大衆を操縦していることを支持するという彼らの意志によって一部正当化されている。例えば、エネルギー企業は政府の財政にとって死活的に重要なので、この分野の民間企業は国家に取り上げられるか、完全に従属させられてきた。製鉄会社はこれほど重要ではないが、同様に大量解雇は避けなければならない。スーパーマーケットといったサービス部門はそうした政治的役割は担っていない。『こと政治に関しては、私はソファに座ってポップコーンをつまむだけです。そして時々、撃
エネルギー企業のボスたちは政治を無視するわけにはいかない。通常彼らは撃たれるか否かの対象である。こうした政治的束縛があるとすれば、ロシアの民間セクターは効率改善や経済成長を推進するどういった希望をもっているのだろうか? いくらかは持っているかもしれないが、そう多くはない。これもまた、クレムリンのロジックに合う。成長は良い、だが権力を維持することはもっと良い、のだ」

国内に有力な対抗馬もおらず、<外国勢力が介入し、ロシアは敵に囲まれている>とロシア国民の愛国心を刺激し、ソ連崩壊後の無秩序と混乱は避けたいという国民心理をうまく捉えて、<安定>を前面に押し出している形のプーチン大統領ですが、再選後も経済の成長エンジンがかからなければ、こうした<安定感>が<閉塞感>に落ち込んでいく可能性は十分に予想されます。
それとも、戦略的な新手のマジックを思案中なのでしょうか?



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第4期目プーチン政権の経済政策を予測させるクドリンの報告書

プーチン政権第4期目の経済政策を予測させる報告書として待たれていたものです。
アレクセイ・クドリン率いる戦略構想センターが、<国有財産の有効な経営・民営化に関する報告書>を発表しました。
2月6日付コメルサント電子版(https://www.kommersant.ru/)の記事でご紹介します。

「戦略構想センターが、待ちに待たれていた報告書の一つ<国有財産の有効な経営>を発表した。国家経済の核は維持したうえでの民営化がテーマである。主要な構想は内容においては相当に慎重だが、提案においてはかなりラディカルだ:経済における直接的な国家の役割の縮小期限2035年までと指令的に決める、経済における国家の間接的役割を制限し、『根拠付けできなければ売却せよ』という原則で国家セクターの核を判定する、国家資産の維持がどういった目的を追求しているのかを一つ一つ挙げたうえで、必要とあれば売却する、等々。
戦略構想センターの<民営化に関する報告書>は、<大統領選挙後>の新期政権にとって待ちに待たれたクドリン報告書の一つである。戦略構想センター現所長は、2013年から2014年にかけても、2018年の大統領選挙後は大幅な民営化に回帰する必要があると説いていた。2014年から2017年にかけての様々な出来事(内政の事実上の方向転換、原油価格の暴落、<ロスネフチ>の支配株売却と同社を巡る取引事情)により、ホワイトハウスの金融・経済ブロックは民営化推進派にとどまったにも関わらず、形の上で民営化を推し進める可能性は著しく低下した。同報告書は、ロシア連邦大統領府付属ロシア国民経済及び国務アカデミー、ガイダル研究所、ロシア科学アカデミーの執筆者グループが作成したもので、中でもアカデミー会員レヴォルド・エントフとアレクサンドル・ラディギン教授が著名である。
政治的観点からすればこの報告書はことさら正しく、誰かに<非国有化宣言>と見られることはよもやあるまい。もっとも執筆者たちは、経済学は今、企業を民営化するか、あるいは国営化を維持するかの賛否を主張するのにどういった論拠を持っているか、という問題について極めて詳しく解説している。近年の<民営化懐疑論>に対する執筆者たちの主要な反論点は、世界で力をつけつつある新たな民営化の波であり、ロシア連邦がその波に乗る可能性だ。現在の国営セクターのモデルでは、第一にマネージメントが行き届かず、支出が増大する恐れがある。
経済における国営セクター成長の歴史もかなり幅広く記述してある。ロシア連邦大統領府付属ロシア国民経済及び国務アカデミーのデータに基づく執筆者たちの計算によると、2006年から2016年にかけて国民総生産に占める国営セクターの割合は39,6%から46%まで増えた。この成長の基本的メカニズム(別バージョンの評価では2017年度にロシア連邦国民総生産に占める国営セクターの割合は70%となっている)は、国家が管理する組織の民間への売却量が拡大したからであり、国営セクターの数そのものは減少している。一方報告書は、2005年からの銀行クレジットの国有化の問題についてはあまり検討していない。
報告書の提案はかなりラジカルで先鋭的だ。民営化を拡大する施策の六つのブロックでの主眼は『根拠づけできなければ売却せよ』というシステム的な原則であるように見える。
2024年までに個々の国家資産に『合目的的な機能を付与する』ことが提案されている。理論的には、そうすれば国家はその機能を遂行するために何が必要かを判定することができ、不必要なものは売却すればよくなる。2018年度に、『民営化のために現在閉鎖されている企業の限られた完全なリスト』を作成することが提案されている。今のところこのリストに入っていないすべての国家資産が、提案されたシステムの対象となる。さらに、2019年度・2024年度・2035年度と一貫して国家経済の核を縮小する三つのリストを作成することが提案されており、このリストを基盤に売却プランを決める、としている。
さらにもう一つの大きなブロックが、国家セクターの増殖の制限だ。これは、うまく進んではいないがすでにホワイトハウスでも検討されており、国家企業が新たな競争市場に進出し、非系列系の資産を獲得することに障壁を設けるという提案である。目新しいのは、国が25%以上の株を保有する企業の子会社や従属銀行が民営化に参加することを禁止し、国が50%以上の株を保有する企業にはいかなる割合であれ民間企業の株を買うことを禁止する点だ。分野別の民営化戦略は報告書に添付してある。
報告書の基本的な問題点は、国家資産の有効性が採算性と投資計画の規模によって評価されているところでの、ここ数年の実践との矛盾である。国家セクターの管理局員たちのモチベーションの一つは、国家ビジネスあるいは管理ビジネスの拡大とグローバル化だ。しかるに、政府内の彼らの反対者たちは<新たな民営化の波>を組織していくことを正当化していない。報告書の強いテーゼは、まさに彼らに対して向けられているものである。国家がこうした形で経済に参加する場合、市場の調整よりも直接的な管理を常に好むものだからだ。」

折しもロシア中央銀行は、昨年12月15日に開かれた幹部会で、2017年初頭には10、00%だった政策金利を年7,5%にまで引き下げる決定を行っています。インフレ率は安定して低いレベルにあり、インフレ予測は次第に下がってきていて、2018年の年間インフレ率が4%を超す可能性は低まっている、と強調しました。
2月9日付のインタファクス通信によりますと、「短期的なインフレリスクは弱まった。このことにより、経済的リスクとインフレリスクのバランスは、経済的リスクの方に若干傾いた」と強調、そのほかにも、グローバルな金融市況の不確実さが強まることにも注意を喚起し、適度に厳しい政策から中間的な金融・貸出政策への移行は2018年度に完遂する、と言明しました。「一時的ファクターと並んで、物価の上昇を補足的に遅らせることに恒常的行動のファクターも寄与している。恒常的行動のファクターがインフレ動向に与える影響は、これまで評価されてきたよりも重要なのかもかもしれない」いう点も、初めて認めています。
「2017年11月に工業生産が縮小した後、12月には持ち直した。生産者たちの意欲は比較的高いレベルに保たれている。今後は実質賃金のアップを背景とした内需拡大と、世界経済の成長率上昇が彼らを支えるだろう。失業率は、過剰なインフレ圧力を生まないレベルにある」と結論付けています。
比較的安定したロシアのマクロ経済運営を評価する声は国外でもありますが、こうした<安定性>を踏まえて、ロシア経済は2018年のギアチェンジをもくろんでいるのでしょうか。


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東欧諸国とEUの軋轢

難民移動に関する2015年のEU理事会の決定で発生した義務が、東欧諸国とEUの軋轢に尾を引いています。EU各加盟国に対し、迅速で秩序だった移動手続きを確保するために3か月ごとの受け入れ人数提示を義務付けたものですが、オルバン首相率いるハンガリーは当初からまったく行動を起こさず、2015年10月25日に実施された総選挙でカチンスキ党首率いる保守系野党<法と正義>が圧勝し、8年ぶりに政権交代したポーランドも同年12月以来一人の受け入れも行っていません。チェコも同様で、2016年8月以来、一人も難民を受け入れていない上に、新たな受け入れ枠もまだ表明していません。
特にシリアからの難民の通り道になっているハンガリーが、セルビアとの国境にフェンスを設けて国境を封鎖し、難民を追い返す映像が世界に衝撃を与えました。2016年9月のEU首脳会議を前に、ルクセンブルグのアエセルボーン外相がこれに噛みつき、難民問題でEUの価値観を著しく侵害しているハンガリーはEUから締め出すべきだ、言論の自由も司法の独立も尊重していないと非難すれば、ハンガリーのシャルト外相は、タックスベイブンのルクセンブルグには言われたくない、同郷のユンケル欧州委員長と口をそろえて<負担の公平な分担>を語るとは片腹痛い、と痛烈にやり返しました。
ハンガリーのオルバン首相は、イギリス離脱後のEU のありかたについては統合の深化よりもEUの政策立案の根幹に<ナショナル・アイデンティティ>を取り戻すという立場で、同年10月2日に実施された<EU加盟国間で難民受け入れ人数を配分する政策>を巡る国民投票は、有効投票率50%に届かなかったため無効となりましたが、反対票は98%近くを占めました。
ポーランドのカチンスキ政権も、難民問題にとどまらず、通貨ユーロや財政政策、中央銀行の独立性、エネルギー政策、人権問題などでEUに同調していません。その上、同政権は着々と司法改革を進め、2017年12月8日に、最高裁判所や司法の独立を保障する<全国裁判所評議会>の人事を議会が事実上掌握する関連2法案を下院で可決しました。これに対して欧州委員会は、同国の司法制度が与党の政治的支配の下に置かれ、EU法の適用に深刻な障害が生じるとする懸念を表明し、12月20日にEU基本条約7条に基づいて議決権の一時停止を含めた制裁手続きに着手すると発表しました。ハンガリーが反対しているため、全会一致が必要なこの制裁が実現する可能性は低そうですが、EU内の東西分裂が今後ますます鋭化しそうな情勢です。

こうした東欧の強気な姿勢の背景には、好調な経済とEUの対中央・東欧諸国に対する補助金計画が今年で切れる事情も見え隠れする、と1月28日付のガゼータRU 紙電子版(https://www.gazeta.ru/)は書いていました。

「東欧がますますブリュッセルに盾突いている。なんなくそれが見て取れる。実は、2018年には東欧諸国、特にいわゆるヴィシェグラード・グループ(ポーランド・チェコ・スロバキア・ハンガリー)は過去最大の経済成長を遂げるだろう、と専門家たちは予測しているのである。経済がうまく発展していることが、これらの国々のEU枠での行動にも現れている。彼らは当然ながら自分たちのポジションを考慮するように求めているのである。
EU側には東欧諸国に対して、もっとも急所であるテーマ、すなわち民主主義的原則の順守に関して山ほどのクレームがある。ハンガリーとポーランドに対して、EUはリスボン条約7条をこの2か国に適用し、欧州議会の議決権を停止させようとする方針さえ示している。
両国政府の行っている改革がまずブリュッセルには気に入らない。ポーランドとハンガリーで進められている司法改革は、政権によって司法権を行政権の支配下に置こうとするものだと欧州連合は見ており、難民受け入れに関する両国の法的イニシアチブも人権侵害と見なしている。
しかしながら、ブリュッセルとの軋轢は、東欧が経済レベルで急速に発展していることを打ち消すものではない。ここではハンガリーとブリュッセルはいかなる西欧国家にもハンディキャップを与えている。
昨年、もっとも急速に発展した欧州国はルーマニアで、国民総生産は年間で6,4%の成長を見せた。ポーランドとチェコとハンガリーも、西欧の最先進諸国より密度の高い成長を示し、失業率も最も低かった。低い失業率は国内需要にも反映されている。確かに、いくつかの東欧諸国では、あまりにも低い失業率が問題となってきており、例えばハンガリーでは、大きな人手不足と西欧諸国への大量の人材流出により国内企業にとって人材を見つけることが難題となってきている。東欧地域で最も金持ちの国ポーランドは、特にウクライナからの労働力輸入で、これまでのところこの問題にうまく対処している。
欧州委員会の予測によると、2018年度にもっとも大きな経済成長を遂げるのはルーマニアだろう。エコノミストたちは、経済成長率は4,4%ほどになるのではないか、と予想している。経済成長のもっとも著しい12か国の上位に、中央・東ヨーロッパの9か国が入っている。ルーマニアに少し遅れを取る形でブルガリア、ポーランド、ハンガリー、ラトビア、エストニアが入り、その下にチェコが入っており、これらの国々には3%から4%の成長率が期待されている。
当然ながら、好調な経済指数は東欧諸国の指導者と政府、特にいわゆるヴィシェグラード・グループ(ポーランド・チェコ・スロバキア・ハンガリー)の野心にも反映されている。彼らは、EU枠において自分たちの意見も聞いてもらえる完全な権利を有していると気づかせようとしており、そして、ブリュッセルには彼らに発言させる用意があるという気配もないことから、もっともながらEUとの関係が悪化するに至っているわけだ。 特にハンガリー、チェコ、ポーランドとの関係は悪化した
1月にはハンガリーのオルバン・ビクトル首相が、東欧は(ヴィシェグラード4か国がEUに加盟した)2004年当時にどの国であれなし得ていた以上のことをEU強化のためにしている、と声明した。『EUでもっとも急速に発展している地域であり、東欧無くしてはEUの発展など語れない』とオルバン首相は記者団に述べ、『EUの将来に関する諸問題の議論において、ハンガリーは自らの貢献に相応する役割を果たしたい』と強調した。
ヴィシェグラード・グループが、ブリュッセルと欧州地域ですべてを牛耳っている<旧い欧州>に公然と対抗していることは、これらの国々がEUの大きな会議の前には予備会議を開いていることからも裏付けられる。これがEUの神経を逆なでしているのは当然のことだ。
戦略的評価研究所のセルゲイ・オズノビシェフ所長は、ポーランドその他の東欧諸国でこのところ見られる動きは、彼らが<純粋に西欧的な>やり方に幻滅を感じていることを示しているのではないか、と指摘する。『統一欧州の民主主義的理想に、ポーランドはたとえ全面的に幻滅しているわけではないにせよ、疑いを持ち始めた。一定の反動はあるだろう』とオズノビシェフ所長は言う。
ヴィシェグラード4か国とブリュッセルの関係がもっとも対立した契機はEUの難民政策にある。オルバン首相は中央・東欧諸国は『難民のいないゾーン』であると宣言し、難民たちを『イスラム教徒の侵略者』呼ばわりした。1月初めにブダペストを訪問した際に、ポーランドのモラウィエツキ首相も似たような抗議の発言をした。『EU諸国に押し付けられている難民割り当てについては、我々はそうした政策を断固拒否する。なぜならば、加盟国の主権的選択権に反するからだ。我々の見解として、そうした類の手段を取る権利を欧州委員会は有していない』とポーランド首相は主張している。
この件については、ポーランドのブラシャック前内相も昨年12月に次のように発言していた:配分計画に従って難民を割り当てることをワルシャワが拒否していることに対して欧州委員会がEU裁判所に訴訟を起こしても、我が国に難民政策を変更させることはできない、と。参考までに、ブリュッセルによって強制されている難民割り当てシステムの遵守を拒否したことで、欧州委員会はポーランド・チェコ・ハンガリーに対して制裁措置を取ったのである。これに対してヴィシェグラード4か国は、強制的な難民受け入れ割り当てに関して欧州裁判所で争う姿勢を見せた。
専門家たちは、東欧諸国が大胆にも公然とブリュッセルに<暴言を吐き>始めたのは単純な要因からだ、と推測している。今年、特にヴィシェグラード4か国が少なからぬ金額を受け取っていたEUの補助金計画が終了するからである。ポーランドでは、2014年から2017年までのすべての投資の半分以上は事実上EU助成金で賄われていたし、ルーマニアに至ってはこの助成金が投資総額の60%以上を占めていたのである。EUから受け取る資金の方が東欧ブロック各国の収入をはるかに上回っていたのだ。
『今、ブリュッセルと口論することは客観的には都合がいい。今年から東欧に対するEUの補助金が切れ、義務だけは負わされることになる。しかし、補助金なしというのは、これまでよりもはるかに魅力の少ない現実ではある』と国立モスクワ国際関係大学の政治史学学科助教授キリール・コクティッシュは言う。
ヴィシェグラード・グループ諸国の指導者たちは、それほど遠くない将来に状況はまったく根本的に変わるだろう、と見ている。ハンガリーのオルバン首相の言葉によると、2030年までに『EUに資金を供給するのは主としてドイツとヴィシェグラード4か国になるだろう』という。しかしながら、1月11日の同じ演説の中でオルバン首相は、今後も同地域経済にEUから補助金が入ることを当てにしているとも匂わせた。そして、もし東欧諸国がそうした資金を受け取れないということになれば、他の資金源を探す、と脅しをかけた。『もしEUが我々に資金を保障できなければ、我々は中国を頼る』とオルバン首相は言明したのである。」

以前のブログでも書きましたが、EUからの補助金計画が2018年で終了する事情は旧ソ連圏のバルト三国でも同じです。カネの切れ目は縁の切れ目と言いますが、今後その対応はどう違ってくるのでしょうか。
ついでながら、1月26・27日に行われたチェコ大統領決選投票では、EUに懐疑的でロシアや中国寄りのゼマン現大統領が、EUとの協調路線派のトラホシュ科学アカデミー元総裁に僅差で勝利しています。


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ロシアで相次ぐ学校惨事

ロシアの学校で悲惨な事件が続いています。インタファクス通信によりますと、1月19日の朝、ブリャート自治共和国の首都ウラン―ウデの集合住宅地区ソスノーヴィ・ボールにある第5番学校で、9年生の男子生徒が7年生の複数の生徒と女性教師を襲った後、自殺を図るという事件が起きたそうです。
米国ならいざ知らず、ロシアではこれまであまり経験のない事件がここ1,2年連続して起きていることに、ロシア社会は少なからぬ衝撃を受けているようで、ロシア各紙が取り上げていました。

その中から、2018年1月20日付ガゼータRU紙電子版(https://www.gazeta.ru/)の記事をご紹介しておきます。

「ブリャート自治共和国で起きた9年生の男子生徒が同校の生徒と教師を襲った事件の結果、襲った生徒を含めて7人が重軽傷を負った。数日前にペルミで起きた同様の事件では15人が負傷している。
ロシア科学アカデミーの社会学研究所の主任研究員レオンチー・ブィゾフは、同級生を殺そうとか下級生を殺そうとかいったロシアにとって新しい現象の原因は、社会に溜まった未解決の様々な問題によって説明がつく、という。
ひとりの生徒が同じ学校に通う生徒たちを襲う事件は、1月19日金曜日に起きた。斧を持った15歳の9年生の男子生徒が、ブリャート自治共和国の首都ウラン―ウデの住民地<ソスノーブィ ボール>の学校で7年生たちを襲い、それから発火性の液体の入った瓶を投げつけ、火事を起こそうとした。地元保健省の報告では、その結果7人が負傷を負った。13歳の生徒対5人と、ロシア語とロシア文学の女性教師イリーナ・ラメンスカヤと、襲った男子生徒自身である。全員が救急車で地元の病院に運ばれた。
これまでにも、負傷者の数のもっと多い同様の事件がペルミで起きており、昨年にはモスクワ近郊のイワンテエンコでも同様の事件が起きている。武器を持った生徒が同級生たちを殺そうと学校を襲うなどということは、これまでロシア社会の特徴としてはなかったことである。
ガゼータRU紙は、この新しい問題について、前出のブィゾフ主任研究員と議論した。どうしてこうもしばしば、手に武器を持った生徒がまさに教室内で同じ仲間たちを襲い始めたのか? ましてやこれまでは、こうした現象は基本的に米国で起きていたものだった。
―我が国の社会ではこの数年間で攻撃性のレベルが急速に上がった。これまでも決して小さくはなかったが、今やこの問題は危機的な規模に達している。
そのうえ、こうした攻撃性がまったく無差別的に発揮されることがしばしばなのである。何が人々を不安がらせているのか、何に抗して彼らは行動しているのかがわからない。
彼らは具体的な何かに抗して行動するわけでもなく、周りのすべてを攻撃することがあるのだ。そこから、事実上根拠なき軋轢が、教師と生徒との間で、上司と部下との間で、コミュニティの隣人同士の間で、起きているように見える。
これに加えて、始終火に油を注いでいるかのようなマスコミの存在がある。記者たちは敵を探せ、誰かから身を守る用意をしろ、と絶えず我々に呼びかけ、けしかけている。われわれの抱えている様々な問題について、善意というものが足りない。落ち着いた議論が欠けているのである。
これらすべてが我が国の社会を極めて攻撃的なものにしている。こうしたファクターに、私はさらにもう一つ重要な問題を付け加えたい。現代の若者世代を指導する人の数が極めて少ない点だ。学校は、生徒に必要な知識と能力を教え込むだけではなく、人間として他の人々と交流することを学ばせ、育成していく制度ではなくなった。教師たちは点数付けやその他の書類仕事に忙殺され、本来の仕事には形だけ関わっているに過ぎないことが稀ではない。その上、教師たちは生身の生徒たちと接触しなくなってきている。親たちはますます経済状態が悪化していることで、どうやってお金を稼ぐかという問題で頭がいっぱいで、自身の子供たちに振り向ける時間と余力がないのが現状だ。
この結果、若い世代は気ままに行動し、人文主義的価値観を共有していない。まさにそうした価値観を育む文学の時間が減らされていることにも注意を喚起したい。
―しかし、90年代より今の方が人々の暮らしは物質的には豊かだ。90年代にはこうした犯罪はなかった、あるいは報じられることはなかったのだが・・・
―現代の若者たちは、確かに2000年代に成長してきた。だが、その後経済は停滞し、近年では物質的豊かさのレベルが落ちて、特に2014年から2015年に事実上ルーブル通貨が切り下げられてからは、貧困者数が増えている。人々は次第に危機に陥っており、直面している山積みの金融・経済問題をどうやって解決したらいいのか、途方に暮れてしまっているのが現状なのだ。
これにもう一つ、現代ロシア社会は極めて個人主義化されている点を付け加えたい。人同士が互いに狼だ。いかなる対価を払ってでも一切れのパンを奪い取らなければならない、たとえ時として身近な人からでも・・・というひっ迫感に誰もが縛られている。我々が直面しているこうした心理状況が、今あふれ出しているのだ。
―これは奇妙ではないか。長い間ロシアは、帝国時代に存在した強い共同体の伝統を持った国だった。ソ連時代にあっても、集団の価値観の方が個々の個人的価値観よりも重要であるという精神で、誰もが教育されていた。
―共同体は徐々に崩壊し、今は完全に崩壊してしまった。共同体はすでに20世紀初めに崩壊し始めたが、20世紀半ばに完全崩壊した。これは圧倒的多数の住民が農村から都市に出てき始めてからのことである。様々な社会学的研究が示している事実は、我が国は欧州でもっとも個人主義化された国になったということだ。我々は大多数の欧州国家の住民たちよりも、連帯や共感に心を向かわせるケースが少ない。こうしたばらばら感ゆえに、労働組合や人権擁護の闘いや何らかの人々のグループの活動を促進する組織を作ることがうまくいかないのである。我々はどんな問題であれ嘆願書をもってお偉方のところへ行く。自分たち同士で話し合いをつける能力がなく、互いを信じていないからだ。
―ペルミとブリャーチアの事件の後、すべてはますます人気の高まっているソーシャルネットとコンピューターゲームに罪がある、という意見が広まっているが、そうなのか?
―利もあれば害もある。一方では、ソーシャルネットは多くの人々にとって唯一の通風口となっている。ソーシャルネットの助けを借りてのみ、多くの人々は自身の社会的交流の欲求を満たすことができるからだ。また一方では、ソーシャルネットでの交流、特にコンピューターゲームにあまりにも夢中になると、そうした人々の一部では現実生活とバーチャル生活の境界が消えてしまうようなことが起こりうる。
ヘビーゲーマーの中には、コンピューターゲームによって殺人のタブーが取り払われてしまうような者たちもいる。彼には、これは単なるゲームであり、次のレベルでは彼に殺された人物は再び生き返るように思えてしまうのだ。潜在意識レベルのどこかで、仮に何かうまくいかなくても、簡単にやり直すことができると信じ込んでいる人々の世代が登場し始めている。しかし、現実がより厳しいことはわかりきったことだ。
―この状況を何とか正すには、学校教育改革を行うことが必要だろうか?
―無条件で必要だ。学校教育はかなり低い水準にまで落ち込んでいる。今の教師は生徒に対する権威を失っており、授業外で生徒の教育に当たる物質的その他の余裕がない。ほんの一部でもいい、しかし、ソ連時代にはあった我が国の教育の人文主義的なベクトルを復活させることが重要だ。学校は、知識や能力を与えるだけではなく、子供たちに様々な人間としての質を分け与えつつ、彼らを人間として成長させていくように努力するべきところなのである。
しかしながら、こうした改革だけではすべての問題を解決しえない。我が国の社会は全体として展望というものを失ってしまっている。大人たちにとっても子供たちにとっても、その状況は同じだ。彼らは将来について考えていない、仮想としての<明日>を思い描くことができない。それが特徴である。欧州諸国を例にとってみれば、彼らには20年30年後に自分たちの住んでいる国がどうなっているかというおおよその理解がある。なぜならば、すべてがすでに数十年前に定められたベクトルの軌道に乗って進んでいるからだ。
我が国はと言えば、何でも起こり得て、起こりえないことは何も予測できない国なのである。革命が起きるのか、戦争が起きるのか、あるいはさらに何かが起きるのか、そして起きるとしたら、それはいつなのか? 人々が今この時のためだけに生きているときに、何らかのパラダイムの枠内で若者たちを教育することは可能である、と言うことは難しいものだ。こうしたファクターについては、短期間では何もできないからである」

ある意味、ロシアも我々と同じく、現代病に深く侵されている国になっているのですね。

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ロシアに押し寄せる中国人観光客、バイカル湖にも触手を伸ばす

今回は、極東でいろいろとロシアに触手を伸ばしている中国の話です。
観光にまつわる話で、何しろ中国人観光客はロシアにとっても最大のお客様ですから、当局としても難しいところでしょうけれど、中国人起業家たちがその貪欲なバイタリティで地元の土地を買い上げ、中国資本で観光事業を展開しようとしているとなると、少し事情は違ってきますよね。
日本でも、中国人たちが日本の山林や原野を買いあさっている事実に警鐘を鳴らす記事を最近よく見かけますが・・・

1月10日付独立新聞電子版(http://www.ng.ru/)に載っていた記事です

「ロシア経済は観光でそれほど儲かってはいない、ロシア連邦国民経済総生産に占める観光分野の割合は最大でも5%で、これは大多数の基幹経済分野よりもはるかに小さい、と観光と旅行の全世界会議のデータを分析して総合戦略研究所が報告している。その上、グレーな図式により、ツーリズムの収入の一部が国庫を素通りしている。時として、地方の観光地としての魅力が国庫を潤すどころか、おいしい土地の一片が外国人、特に中国人の所有になっていたりする。それが住民たちの不満を呼んでいる。例えば、バイカル湖を巡るスキャンダルだ。
ロシアでツーリズムの国民総生産への直接的な貢献度は1%強で、全体としては約5%程度だ。『基幹経済として観光分野が国民総生産に直接貢献している率は3%から5%、全体としては8~10%である』と研究者たちは指摘している。
正確を期して総合戦略研究所は、引用した数字は国内観光・国外観光とも計算に入れたもので、データには個人旅行のみならずビジネス旅行も含まれている、としている。『交通費、滞在費、食費その他の支出は旅行費に直接含め、美術館や博物館や国立公園めぐりといった観光関連目的も含めてある』と同研究所の分析部門副部長ヴェーラ・コノノヴァは独立新聞に説明した。『これに加えて、わが研究所では、観光分野の経済に対する全体的な貢献度も評価に含めており、つまり観光分野への投資支出、ツーリズム分野に携わる人たちへの支出、観光サービスを提供している企業の経済への貢献度その他も考慮に加えた評価だということである』
これほど控えめなロシアの指数は、何よりもインフラの乏しさと関係している。『いくらか改善されてはいるが、地方と地方をつなぐ航空路、チャーター便、短距離飛行などがまだ十分に発展しておらず、ホテルなどの宿泊レベルも、多くの地方ではまだ現代的な質の条件を満たしていない。多くの場合に、ツーリズム分野で仕事をしていく現代的な技術が不足しており、その結果、ロシアの国内旅行は多くの場合にありえないほど高くついてしまっている』とコノノヴァ副部長は言う。
それでもロシア観光局は、国の観光潜在力は増していると言明している。例えば、昨年末にオレグ・サフォノフ局長は、訪ロ観光客数は2017年1月から9月期に2016年同時期に比べて14%増え、この8年間で最大数となった、と報告している。
ロシア連邦を訪れる文句なしの筆頭格は中国の観光客たちで、2017年の1月から9月期でほぼ100万人が訪れた。中国からロシアへの観光客の流れの伸びは、年換算すれば24%である。中国人観光客に続くのはドイツ人観光客(36万8000人)、米国人観光客(20万7000人)である。
増えている訪ロ観光客数は53の経済分野の収益を潤し、雇用状況を改善し、中小企業の発達を促し、地方間格差を是正する、とサフォノフ局長は列挙した。同局長の手元にあるデータによると、中国人観光客たちは、毎年ロシアに22億ドルを落としてくれているという。
というわけで、彼らには特別な期待が寄せられている。昨年秋にロシア連邦政府が、中国国民がビザなしで訪ロできる可能性を広げる決定を下したのも、理由があってのことだ。メドベージェフ首相は、5人以上どころか3人以上の観光旅行グループであれば、ビザなし訪ロを許可する書類に合意すると語った。
その上、彼らは2週間ではなく3週間もビザなしでロシア連邦に滞在できる。確かに、別筋の評価から判断するに、アジアからの観光客増加によるロシアの稼ぎは実際にはロシア観光局のデータより多いかもしれない。英国紙タイムズのアナリストたちが、ロシアと中国観光客について商品とサービスの支払いで裏取引があると書いていたことがあった。
『たとえば、観光先の中国料理店での食事代は中国側の管理局やその家族のつけとして中国に送金され、税金は一銭も町の予算に入らない、というケースがある』とポルタルNewsru.com.は具体的に報じた。『中国の旅行会社は、そのオーナーが直接的であれ間接的であれ中国出身者であるレストランやホテルで中国観光客が食事をしたり宿泊したりするように、団体旅行を手配する』と、関係筋はリアノーボスチに語っていた。
しかし、問題はこれだけではない。いくつかの地方の観光的魅力が、文字通りその地方自体の反発を生む方向に動き始めているのである。例えば、バイカル湖だ。ポルタルChange.orgにアンガルスクの住民たちの<中国式の干渉>に反対する請願書が投稿された。すでに5万7000人以上の署名を集めており、ロシア国内だけではなく外国のマスコミの注目も集めた。
『中国国民がロシア国民から活発に土地を買い占めている。リストビャンカではすでに集落の土地の10%が中国人たちの所有である。こうした状況がこの先続いていけば、5年から10年後にはロシアの旧集落は中国の一地方に変わってしまうだろう』と請願書を書いたユリヤ・イヴァネッツは警告する。彼女は列挙している:柵には中国語で売り地と書かれたバナーが括り付けてある、土地はあたかも個人の住宅建設用に購入しているように見せかけて、非公式にホテルを誘致している、ツアーを引き連れた中国人ガイドたちは、バイカル湖は『一時的にロシアに帰属している中国人たちの北の海です』とガイドしている、などなど。
住民たちはまた、新たな所有者たちの買い上げた土地や自然資源に対する野蛮な扱いにも苦情を訴えている。フィナンシャルタイムズは、特にリストビャンカ自治政権に近い議員の中には、集落の土地が10%買い占められているというのは誇張しすぎていると伝える者もいる、とまた違った見方も引用しているが、それでも彼らでさえ、地元住民たちはとても懸念していると述べている、という。
イルクーツク州出身の下院議員ミハイル・シャーポフは昨日、問題は存在すると独立新聞に対してはっきり述べた。『文字通り新年を前にして、社会活動家や地元政権代表らを含むリストビャンカの代表団が私のところにやって来た。彼らとこうした問題について議論しあった。この状況にはいくつか要因がある。一つには、中国人観光客にとってバイカル湖の魅力が近年急速に増したということ。ロシア国民と違って中国国民たちは金持ちになっており、人民元の対ルーブル相場もかれらにとってきわめて満足のいくものとなっている。観光分野に中国ビジネスのカネが流れ込み始め、そのカネを地方の観光分野が手にし始めたわけだ。反合法的ないしは非合法的な木材調達もその中に含めた形で、である』とシャーポフ議員は言う。『中国の観光ビジネスは極めて閉鎖的だ。ホテルも旅行会社もチャーター便もガイドでさえ中国人自身がすべて管理しており、金は基本的に中国に送られる。結果として、ロシア側の予算に入る金はわずかなものだ』と議員は続けた。『地方政権はこの問題とできる限り闘っている。例えばイルクーツク州では、観光市場からの収益率を高めようと、合法的で大規模な中国ビジネスと対話を持とうと試みている。しかし、統一された国家政策がないため、こうした行動も成果を上げているとはとても言えない状況にある』
同議員の言葉によると、もう一つの要因は『国全体において、特にバイカル湖周辺において、土地政策が矛盾している点だ』という。『一方では、バイカル湖から50メートル範囲内に個人住宅を建てるという名目のもとにホテル複合施設一体を建設することができる。これを中国の企業家たちがやっているわけで、ロシアの司法機関はただ肩をすくめてみせるだけだろう。他方では、バイカル湖の隣にいざ合法的にホテルを建設しようとしてみれば、官僚たちとの闘いに数年は費やされる。バイカル湖をめぐる法律は矛盾だらけだ。多くの余計な禁止事項があり、様々な大きな問題がある』 
こうした中国の企業家たちは大金持ちで、政権内にコネがあり、地下の犯罪組織ともつながっているケースがしばしばある、とも議員は指摘する。『国家は原則的に国にとってのバイカル湖の位置づけを明確にすべきだ。これは世界最大の透明な水の貯蔵湖なのか、あるいはただの観光地なのか? こうした観点から政策を打ち立てるべきである。誰に対してもホテルビジネスを合法化するのか、あるいは完全に禁止するのか』 シャーポフ議員はそう問いかけた。
『現行のロシア連邦所有法に従えば、土地はロシア国民同様に外国人も所有できる。この点ではいかなる制限もなく、国籍による差別もない』と観光連盟<国境なき世界>の広報は指摘するが、それでもやはり、外国人が購入できないような一定の種類の土地はある、と言う。国立の自然保護区、地下資源埋蔵地、大陸棚、森林及び水資源に関わる土地、などである。
『もし商業施設が書類上は個人住宅不動産として登録されていれば、これは規則違反となる。そのことを証明して食い止めなければならない。こうしたやり方は誰にとって得となるのか? 闇の業者にとってだけであり、彼らとは闘う必要がある』と同連盟の広報は付け加えた。法を破っている法人には罰金が課せられる点も想起させた。『<違法ホテル>にはそうした罰金が課せられて破産するはずだが、もしそういったホテルが残っているのであれば、これまでどうしてそうしてこなかったのかが奇妙な点ではある』と。」




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国民の実質賃金は上がり始め、可分所得は減っているという矛盾

ロシア政府は今、大統領選を意識してかもしれませんが、国民の実質賃金は上昇し始め、経済危機からの脱出は近い、と盛んに宣伝しています。一方門家たちの方は、それは甘い見方だと手厳しく、国民の可分所得は減り続けている、と指摘しています。
人間は見たい現実しか見ない、とはよく言われることですし、特に政治家はちょっとしたことでも、自分たちに有利なように、ご都合主義的に利用しようとしますから、国民はだまされないようにしなければなりません。

2017年12月19日付の独立新聞電子版(http://www.ng.ru/)が書いていました。

「ロシアの金融統計データによると、今年は国民の所得は全体として減ったにもかかわらず、実質賃金は上昇したことが認められる。賃金上昇のニュースはドミートリー・メドベージェフ首相内閣の評価で<大きなプラス点>となりつつある。しかしながら、専門家たちのデータによると、2017年度の国民の労働収入は増えるどころか、減り続けているのである。あたかも給与が上がっているかのように見えるのは、雇用者側のグレーな支払いを摘発しようとする税務署の圧力のもとに給与が部分的に合法化されたからだ。
給与が上がり始めたという公式筋の神話が、昨日、大統領付属国民経済&国務アカデミーで失墜させられたことは注目に値する。ロシア国内で実質賃金が上昇し始めたことを、多くの官僚たちは、これは重要な成果であり、危機からの脱出を示すものだと言いくるめようとしている。ロシア統計局のデータによると、10月の実質賃金は年率で4,3%上昇した。しかるに、国民の実質的な可分所得は減少し続けており、10月には1,3%減った。実質賃金は上がり、所得は相変わらず減り続けているという矛盾が認められるのはなにも四半期一期に限られたことではない。しかしながら、ロシアの官僚たちは、こうした点にはあたかも気づかないふりをして、実質賃金の上昇を大変な功績であるかのように言いつのっているのだ。
たとえば、メドベージェフ首相は、年末実績で国民の実質賃金は3%上昇するだろう、と強調していた。この3年間で、『国家予算分野での給与支払いが増えたということもあって』、実質賃金の上昇は約10%にはなるに違いない、と経済発展省のマクシム・オレーシキン大臣も語っていた。賃金の上昇というテーマについては、ウラジーミル・プーチンも毎年定例の記者会見で触れた。大統領は特に、2000年と比較して実質賃金は3,5倍に増えたと指摘したのである。
実質賃金は上昇しているのに可分所得自体は減っているというパラドックスを、大統領付き国民経済&国務アカデミーのエキスパートたちは説明しようとした。『このパラドックスは、税務署がグレーな給与支払いを撲滅する闘いを強化したことにより、表に出る給与と表に出ない給与との間で、表に出る給与に重点が移るような再配分が生じたことで生まれているのかもしれない』と。
つまり、我々が今日目にしているのは、賃金の実質的な上昇ではなく、むしろそれが白い、合法的なセクターに流れ出たということなのである。 自分たちの解釈の論拠として、同アカデミーの専門家たちは、国民の所得総額と個人所得税総額の動向に関するデータを引用している。特に、昨年も今年の1月から9月期にかけても、個人の所得税総額の伸びの方が国民の所得総額の伸びよりも高かった、と語る。いくつか計算をしてみると、企業収益、(隠された分を含めた)労働給与額、そして<雑収入>額は、実際の数式では2014年から2016年までの時期に前年度に比べて減少しており、また2017年1月から9月にかけても2016年度の同時期よりも減少している。つまり、私有財産に占める実質所得の割合が減少したことが2016年と2017年の1月から9月期に認められるのである、と報告する。一方、実際の数式上でこの時期の社会的支払い(まず年金)が上昇している点は、年金受給者数の増大と、2017年1月に5000ルーブル規模の額が年金受給者たちに一度に支払われたという事情が要因となっている、としている
全体として、今年10か月間の国民の実質的な可分所得は年間換算で1,3%減っている一方で、実質賃金とわずかとはいえ実質的な年金額はそれぞれ3%、3,9%上がっている、と指摘した。
実質的な貨幣所得の落ち込みは国民福祉レベルの低下を招く、と昨日発表されたロシア国民の社会的気分に関する報告書の作成者で、大統領付属国民経済&国務アカデミーの社会分析&予測研究所のタチヤーナ・マーレヴァ所長は語る。
『ロシア連邦全体として国民一人当たりの平均貨幣所得額は、2016年第三四半期における生活最低費の308%レベルから、2017年第三四半期には302%レベルにまで下がった。つまり、国民一人当たりの平均貨幣所得と生活最低費の相関比率は1,7%下がったわけだ』と同所長は続け、4年間ではすでに12%下がっていると強調した。『2017年第三四半期は2013年の同時期に比して、国民一人当たりの平均貨幣所額は生活最低費の344%レベルから302%レベルにまで落ちている。そして、過去4年間でこうした落ち込みは73の地方で認められ、上昇したのはたった10のロシア連邦主体だけである』とした。
2017年には貧困率も上がった。『ロシア統計局のデータによると、2017年第三四半期の貧困率は2016年同時期の12,8%に比して13,1%にまで上がり、過去6年間の同時期の貧困率よりも高くなった』とマーレヴァ所長は指摘する。
<実質賃金の上昇は存在しない>というテーゼは、小売業界のデータで統計的に証明されるケースがしばしばある。『2017年10月の小売流通高は2兆6000億ルーブルで、昨年同時期との比較可能価格で3%の増加、また今年10か月間の商品流通高の増加は前年の同時期に比して0,8%だった。しかしながら、2015年10月以降の2年間で、小売流通高は1,3%減少している。食料品や飲料品、たばこ類は2,4%も落ちているのである』とアカデミーは指摘している。
一方、この時期に食料品以外の商品の流通低下は事実上起きなかった点も強調している。例えば、所得の減少を背景に自動車市場といった分野での販売は復活しているのである。11月だけでも乗用車の販売数は年換算で15%増大した、と欧州ビジネス連盟は報告していた。全体として、今年11か月間で国内では140万台を超える自動車が売れた。ロシア国民たちはクレジットで車を買い始めたのだ。国家クレジット局のデータによると、今年の10か月間でほぼ4千億ルーブルの自動車ローンが組まれ、この数字は昨年の数字より事実上40%も高い。
実質所得と実質賃金の差は、実際には国民のグレーな所得ないしは申告されていない所得と関係があるのかもしれない、という見方を<アロル ブローカー>のアナリスト、キリール・ヤコヴェンコは除外していない。
『賃金の上昇と所得の減少という統計を説明するポイントは二つある。ロシア国民自身も監督諸機関も認めるところだが、国民の所得の伸びよりも実際的な物価の上昇の方が高いということ。もう一つのポイントは、国家の仕事の効率が上がった、つまり税務署の仕事ぶりが向上して公務員の給与に色が付いたということだ』と<ソリッド マネージメント>社のネット開発部長セルゲイ・ズヴェニゴロツキーは見ている。
しかしながら、グレーの賃金が白いセクターに流れ出たことだけが、実質所得が伸びていない原因ではない。『所得は賃金労働だけではなく、例えば、銀行預金からも得られる。昨年は銀行が預金金利を引き下げ始めたので、預金者が手にする利益も減った。来年はさらに減るだろう』と、<テレトレード>社のアナリスト、ウラジーミル・チェルノヴァイは言う。国民の不動産収入も減った。『住宅価格が下がったこと、不動産市場の回転が悪くなってマンションや一戸建てを売却するのが難しくなったことで、不動産収入も減っているのだ』と彼は続けた」

景気は回復している、賃金は上がっている、と言われてもその実感はなく、格差の広がりと固定化を感じるばかり、というのは何もロシアに限られたことではありませんけれどね。

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